第13話 封筒の中のスキャンダル ⭐︎
朝、会社へ行くと、掲示板がタカヤナギさんによって、全面ジャックされていた。
貼られていた報告書類はすっかり剥がされている。
その代わりに、引き延ばされた写真がずらりと並んでいた。
コルクボードの掲示板には、写真を固定する三角テープが四隅に貼られ、その中の女の子たちは、色とりどりの艶やかな着物をまとい、涼しげな視線をこちらに向けている。
几帳面か!!
それは着物で遊んだ晩の写真だった。
……早速、自宅の暗室で焼き付けたんだろう。仕事、はやっ。
自分の机に行くと大きくて分厚い茶封筒が置いてあり、カラーの写真、モノクロの写真が何枚も入っていた。
まずは、ポーズを取った男の娘たちの個別のプロフ写真。お店の看板に使うのだろう。シックなグリーンに裾だけ斜めに桜色のグラデーション、全体に淡い花びらの散った着物を着て、男の娘たちと、照れている女の子の姿の、僕。
僕が撮った、タカヤナギさんと3人娘がハーレムな感じに胸元に手を這わせて絡んでいるショット。
(タカやんセンパイ、めっちゃにやけてるし)
モノクロで秋葉人世横町のなかにひとり黄昏れてたたずむ羽織袴のタカヤナギさん。腕組みをして、袖の筋張った腕が(なんや知らんけど)文豪みたいでちょっと渋い。同じく横町で並んで皆で何故かジョジョ立ちしている、着物なのに不思議と勇壮に見える。
めいめいが好きな方向へ散らばっているショット。
(あれ、また大きいカラスが手前の電柱に……)
そんで酔っぱらって、帯の端をリノに預けて、くるくるまわって脱がされる、僕。
ミニーがはしゃいで僕と絡んでいる。帯がはずされたあとの着物の襟足を引っ張り、はだけさせながら馬乗りになっているショット。
顔近いよ、オマエさん。
緋色の長襦袢になって、足を剥き出しに転がっている、僕。おでこに肉って書かれている。……誰だよ。
裸で皆に触られながらも寝ている僕が、何枚か。
そして——目が釘付けになったのは、僕とタカヤナギさんが、唇を重ねている一枚。
「えっ、なにコレ」
僕は慌てて、茶封筒に写真の束を放り込んで、周りをきょろきょろ見渡した。誰も見ていなくて、誰にも聞かれていなくて良かった。ほんまに良かった。
••✼••
残りの写真が見たい。今すぐ。あと何枚かあった。
あれには何が写っているのだ。
彼は今、席にいない。今のうちに、少しだけ見たい、心の準備が。
昨日、何をしていた? なんであんな写真があんのか考えないと。
最後酔っぱらって、リノに引っ張られてくるくるされて、転がって、そんで、あーもう! 思い出せない!!!
僕の貞操が、また危機にさらされている——。
あ、せや、トイレ! 会社の外のトイレに駆け込むと。使ってるし!
誰や、朝からこもってんの!
急いでトイレから出て、誰もいない非常階段に駆け込んだ。踊り場の隅にうずくまり、鞄から封筒を取り出す。
うん、何があっても、動転したりしない。
何かの冗談だ。見間違えたんじゃ?
何枚か重なってて……。動揺してたから、上手くめくられへんかったんちゃうかな。
そうだ、きっとあれは僕じゃなくて見間違い、誰かと、そうであってくれ。
リノかミニーか、タミヤの誰かと間違えたんだ。
などと祈りつつ、写真を取り出して見据えた。
やっぱり、間違いなく僕やった。
目を閉じたまま、メイクされて髪を整えられた僕。
対面するのは——タカヤナギさん。
写真をめくる。
裸に近い格好で、紅葉の散る赤い着物の上。
長いストレートヘアを丸く広げ、丸まって寝る僕。
視点を変えたもう一枚は—— 。
クリムトの『ダナエ』を思わせるような角度で、尻の方から撮られたもの。
襦袢が絡まって、ギリギリ隠れた太もも。紅く映る唇。
意図的にセットされたであろう淫靡な構図だった。
——何、僕の身体、使ってくれちゃってんの、タカヤナギさん!
指が震える。写真をめくるたび、嫌な汗が滲む。
次は、仰向けの僕。腕を顔にかけて、微かに開いた唇。
腹の上、指が一筋。
紅いネイルのキラキラ——リノや。
これはもう、ただの寝姿の写真やない。完全に、そっちの雰囲気やん。
僕、記憶ないんやけど!?
さらにめくる。
紺の紬を着たタカヤナギさんに、裸の背中を抱かれる僕。
カラスの羽根みたいな袖が、肩甲骨を隠す。仰向いた僕は紅く染まって、力なく腕を垂らしている。
——そして、笑うタカヤナギさん。
次の写真。唇が重なる瞬間。
さらに次。
床に横たわる僕の腕を押さえ、顔を埋めるタカヤナギさん。
——そこで終わっていた。
クソ、やられた……!
動悸を抑えながら、写真を封筒に押し込む。今すぐ問い詰めないと気が済まない。
会社に戻ると、ベランダでタバコをくわえてるタカヤナギさんを見つけた。
逃がすかよ、と扉をしっかり閉め、詰め寄った。
「こらテツー!! 何撮っとんねん!」
「ええ感じやったろ?」
タカヤナギさんは肩をすくめ、悪ガキみたいに笑う。
「めっちゃかわゆうて惚れ直したわ。皆おるとこで押し倒すとこやったわ」
「何言うてんねん!」
呆れて頭を掻きむしる。
「だから、何なんすかこれ! なんでこんなことすんねん!」
「んー? こういうの、ええやろ? めっちゃ映えてるで」
「僕の知らん間に勝手に撮っといて、それ?」
「ちゃうねん。寝てる間にな、楽しんでもらお思て」
「……アンタは、ゲイなんすか?」
「ん? まぁ相手がかめへんかったら、なんでもやな」
さらっと流される。
「僕、うん言いました!? 言うてませんけど!」
「そうか? ほんまに嫌やったら、殴って蹴って逃げてええんやで」
「そらそうですけど……」
「初めてのとき、ノリノリやったやん」
「抵抗したわ!」
「ほら、じゃあどうしたいんや」
サッと僕の腰を引き寄せ——耳もとでささやく。
「っ……!」
背中がゾクッとして、体が跳ねる。そのまま唇を塞がれそうになって——
「何すんのっ!」
「な? 抵抗せぇへんやろ?」
「何が、な? ですか」
股間を指差される。若干、硬くなっているのがバレる。
「……これは、一般的なあさだちですっ!」
「若いなぁ」
タカヤナギさんが、楽しげに笑った。
僕はその言葉を受け流し、気にしないふりを決め込んで、そそくさとベランダを離れた。だが、すぐに足元が少し重く感じた。
なんやろな。
タカヤナギさんは、僕の何を見てこんなことを始めたんやろな。――僕は思わず自分の足を速めた。
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