第6話 ハッピークリエイトなクリスマス!!!

 さて、12月24日のこと。


 気づけば、もう五日も家に帰っていない。

 今日は、ついにその記録更新の日だ。

 簡易ベッドの上で、数時間しか寝ていない……。段取り、ポンコツかよ。

 ひとりでぼうっとしたい。

 寝不足で頭がオカシイせいか、あの晩のアレも思い返すとどうかと思うし、今はとにかく、何も考えたくない。

 そんな昼下がり。

 昼食を済ませに簡易食堂へ行き、帰りにコンビニでチョコチップクッキーとブラックコーヒーのボトルを買った。

 ……正直コーヒーもエナジードリンクも、もう効かない。

 ふらふら会社へ戻ろうとしたとき、足元にふわふわの何かがまとわりついてきた。

 このあたりに住み着く猫だ。

 茶色のシマシマ模様のアメリカンショートヘア。ご機嫌な声を上げ、足元にしっぽを巻きつけたかと思うと、道端にごろんと寝転がる。

「ミャー」

「おー、元気にしてたか〜?」

 まだ大人になりきっていない猫は、無防備に喉を鳴らし、ゴロリゴロリと転がった。

「誰かに美味しいもん、もらえたか? ちょっとなら昨日の煮干しの残りがあるから、待ってな」

 腹を撫でると、ふわふわで柔らかい毛が心地いい。


 秋葉原や神田には、焼肉屋や居酒屋、海鮮料理屋が揃っている。

 ヨドバシAkibaやUDXビルのようなピカピカの建物がある一方で、中央通りから一本外れると、古びた怪しいビルも少なくなかった。

 その中には小さな店がひしめき合い、いくつかの神社があり、そして――意外と野良猫もいる。

 どこかで餌をもらっているのか、彼らはふくふくと肉付きが良く、人慣れしている。そんな姿に癒されるのが、僕の日課だ。

 ただ、たまに会社までついてくる猫もいて――ある朝、簡易ベッドの上に3匹が乗っかっていて驚いたこともある。

 この界隈には猫カフェ、ハリネズミカフェ、うさぎカフェもあるけれど、僕は野良猫派だ。

 最初は遠巻きに警戒していた猫が、少しずつ距離を縮め、やがて盛大に甘えてくれる。その過程を見るのが最高なのだ。

 喉を鳴らしながら転がるアメショーの小さな身体に、少しだけ救われる気がした。

 こんな日々でも、変わらず傍に寄ってきてくれる存在がある。

「……なんや、おまえはえらい律儀やな」

 そう呟いた自分の声が、思ったより優しかった。


 ••✼••


 煮干しの残りをやり、5分ほどアメショーのちび猫と戯れた後、会社へ戻る。

 ……残念ながら、僕にはまだ追い込み作業が残っている。

 夕方、モニタに向かって千切っては投げ、千切っては投げ。

 必要なデータを必要な部署に送りつつ、ひたすらMacに向かう。

 窓の外はすっかり暗くなり、夜の電気街がビルのガラスに映り込んでいる。

 そんな中、午後の外回りから戻ったタカヤナギさんが「ほい、これ」とデスクにカフェオレのボトルを置いてくれた。

 砂糖たっぷりの、あったかいやつ。それにトロールチョコを3つ。

「うお。やーさしーい。ありがとうございます! やっぱタカヤナギさん、俺の天使かも……」

 すぐにキャップを回して飲み始める。

 身体の中にじんわり糖分が巡っていく。

「いやいや、俺は最初から優しい言うてるやろ」

「おかしいな。昨日までは悪魔やと思うてたのに」

「それはお前が、寝てなさすぎて幻覚見とるんやな」

「まじかぁ」

「もう少しかかりそうか?」

「はぁ。もう少しかかりそう。2件あってですね。2時間ほどください。いくつか修正したら、そのままシステムに回して終わりやねんけど。作業できる人を来年こそは増やして欲しいっすね」

「そうやなあ。社長に掛け合ってみるわ。今回売り上げに貢献したからな、ひとりは融通してもらおか」

「チームリヴデザイン、大きくなっていくと嬉しい! よく働くいい子入れて」

「そやな。とりあえず今日のところを乗り越えていこか」

「はいぃ」


 システムチームの人がどやどやと集まり話していたが、「お疲れ様です〜、お先に失礼しますね!」と声をかけてきた。

「あ! お疲れ様です〜! クリスマス、僕の分も楽しんでください〜」

 明るく返すけど、心の中は土砂降り。知ってましたか? と思いつつ。

「ヤマモトさんも早く帰りなさいよ?」

「はは。あざす」

 皆の声が遠ざかっていく。


 思い切って、最後尾のエンジニア統括、宮西部長を呼び止めた。

「あ! あの、ミヤニシ部長、お時間いいですか? これ、組んでもらいたいんですが、見といて貰っていいでしょうか。年明けでも構わないので、お手隙で」

「おー。ヤマモト氏、ちょうどいい子が空いてるところだよ。年明けでいいの?」

「はい!」

「手伝えることあれば、いつでも回してね」

「ありがとうございます!! 助かります!」


 ••✼••


 かけっぱなしのFMラジオからは、クリスマスの曲が、うんざりするほどひっきりなしに流れている。

 社内には音楽以外には静けさが広がり、僕のMacに打ち込むキーボードの音が響く。


 ••✼••


 はー!!

 終わったー!

 万歳して伸びをして、首を回して肩を回す。

 ざまみろ、クリスマス終了までに終わってやった、今日こそ帰宅するぜー。

 って11時過ぎかよ、もう回る、まわってまう、ケーキ! ケーキ食いたい!

 クリスマスイブなのに~。泣けてくる~。

 なんでクリスマスなのに、男二人で会社閉じ込められてんのー!

 こんなに忙しいんじゃ彼女なんてできるわけないし、僕の人生オワタ。

「おまえなぁ。思考だだ漏れやしな、それ。男二人で悪かったな」

「うわ。びっくりしたぁ」

 向かいのデスクにタカヤナギさんがいた。気がつかなかった。

 椅子ごと半身回して腕組みし、ニヤリ。

「こら! ソコは否定してくださいよ。ところで心の声、漏れてました?」

 彼は僕の言葉には反応せず、笑う。

「……食いたいか、ケーキ?」

「食いたいよぅー、もう、僕ペコ家の甘あまショートケーキでもいい」

「アメリカじゃケーキもチキンもなくて、ターキーやけどな」

 タカヤナギさんは、ぎょろりと二重の眼を僕に向け、逡巡して大きな背中を壁際の冷蔵庫まで歩かせ、チラリと開いた箱を指差す。

 えっ……あの赤い四角いパッケージは。


「まったく。ほら、おまえの好きなFrench Pound Howlのイチゴのショートケーキ。大奮発やで。さっき出かけたついでに東京駅でな。並んで買ってきたわ」

「ぎゃあああ! いつの間に、タカヤナギさま。神! 結婚して。嘘、今の忘れて」

 ケーキの箱はすぐ小さな冷蔵庫に消えた。

「阿呆、今すぐは、やれんな。お前この提案書出すの忘れてたろ。こっちの始末書終わるまでおあずけや」

「ぎゃーオニ! 悪魔っ」

「さっさと終わらせて食べるで〜」

「はいー」


 ••✼••


 もうすぐ12時。カウントダウンが始まるというのに、僕は始末書を書いている。

 ラジオからは、ジョン・レノンの歌うハッピークリスマスが流れている。



 さぁクリスマスだ、

 君は、この一年何をしてきた?

 今年ももう終りだ

 新しい年が今始まるのさ


 ••✼••


 僕は転職して、この数ヶ月デザインの仕事をしてきた。

 色んな人と打ち合わせをし、カメラを見せてもらったり、撮影をしたり。

 いつもと変わらない日々のようでいて、思った以上に多くの人と関わってきた気がする。

 野良猫がいるような土地柄で、騒がしい街並みは刺激が多い。

 居心地は、案外悪くない。楽しいと言えなくもない。

 後ろで、タカヤナギさんがジョン・レノンの歌に合わせ、日本語で口ずさんでいる。

 最初は小さな鼻歌程度だったのに、次第にノってきたのか、ついには部屋中に響き渡るほどの大声で歌い始めた。

 ……僕の思考が止まる。

 なにこれ。

 前座バンドでどさ回りしていたって話は聞いていたけど……。

 この声量の太さ、高音の柔らかさ、低音のかすれ具合――絶妙すぎる。

 腹に響く、圧倒的な歌声。

 ああ、この声。

 もう、たまらんな。


 やばい、気持ちいい。かっこよすぎる!!

 この声に合わせて――

 ……僕も、歌う――!!


 ••✼••


 And so this is Xmas……


 今年は何も恐れることない、

 いい年であるよう祈ろう!

 戦争なんて終わる、君たちが望むなら

 争いは終わる、今!

 ハッピークリスマス!!!


 ••✼••


 彼は日本語で、僕は流れてくるままの英語で。

 僕らは声を張り上げ、最後まで歌いきった。

 さっきまでの部屋の澱んだ空気が、すうっと軽くなった気がした。

 そして、お預けをくらっていたイチゴのショートケーキは、めちゃくちゃ美味しかった。

 あっさりした甘みに、しっかり熟れたイチゴの酸味が寄り添い、疲れた身体の隅々まで染み渡る。


 ――なんや、泣きそうになってまうやん。

 そのケーキが甘いからじゃない。疲れた今日をちゃんと見てくれた誰かがいたことが、たまらない。

 幸福感に包まれ、タカヤナギさんに向かってにこにこする僕。

 でも、頭の中はもう、寝ることでいっぱいだ。

 今日の僕の仕事は終わった。小さな仕事を重ねて僕の仕事は進む。

「ごちそうさまでした! 食った食った」

「そこ、クリームついてるで」

 タカヤナギさんがさりげなく僕の顔を片手で押さえ、反対の手でついっと唇をなぞった。

 顔が近づく。

 のんきに上を向いていた僕の視界いっぱいに、彼の顔が飛び込んできた。

 じんわりと、頬に伝わる手の温もり。

 ——あ、これ、やばいやつやん。

 何を考えてるのか、やっと気づいた僕は狼狽えるが……もう遅い。

「ちょ、タカやんセンパイ、なになになに」

「いただきまーすっ」

「ええっ……!?」


 後で聞いた話によると、アメリカのニューヨークタイムズでは新年の挨拶に皆キスを交わすらしい。

 ——ほんとか??


 ••✼••


 クリスマス納品の仕事も無事完了。

 僕らは隠しておいたワインで、のんびり乾杯した。部屋の中には清廉な空気が満ちている。


 ……そして僕は、今日も会社に泊まることが確定。

 リア充のためのきらめくクリスマスの夜景。

 それを作っているのは、僕たちサラリーマンだ。

 つくるのと、見るの。

 どっちがいい?

 ——だってさ、追い込みが終わったこの瞬間の充実感って、言ったらもう。

 魂が震える歌を聴いて、踊りまくる。

 それだけで満足しちゃいそうになる。

 嘘。

 まだまだ、こんなんじゃ満足できない。

 満足しちゃいけない。

 もっと、ハッピーをつくるんだ。

 ハッピーが、世界を救う。

 ——だから、みんな、待ってて。


 ••✼••


 僕の仕事は、やわらかテイストのホームページをつくり、ほっこり気分を届けること。クライアントと患者やユーザーの間の壁をなくし、チラシやアイテムで橋渡しする。

 この仕事を好きなのは、感性と理性をぶつけ合いながら外部と擦り合わせ、期限までに納品し、誰かに喜んでもらえるところだ。

 人見知りな僕は、それを隠しつながる。

 そして、出来あがる瞬間の高揚感を繰り返す。

 それが、麻薬のように身体に刷り込まれている。

 何日も寝られなくても、ミスして怒られても、オカシクなっても。

 それすら超えて、作ることは楽しいと思える。

 クライアントに、その先の誰かにハッピーになってもらえる瞬間をつくる。

 この小さな場所が、僕はとても気に入っている。


 ••✼••




 ……あれ?

 なんか、やっぱりオカシイ。

 社畜、一名出来上がりってことか?

 はぁ。

 寝よ。

 おやすみなさい。


 Merry Xmas & Happy New Year!!





 ••✼••




 第1章 おしまい

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