第2話 寝息の祓い手

 あの日、10月の面接時間きっかりに、山本蒼司——ソウジが現れた。

 ぱっと見は、どこにでもいる青年だ。若干大きめの吊るしのスーツ、清潔そうな身だしなみ。

 だがポートフォリオを見れば、几帳面さの中に独特のインパクトがあり、キャラクターグッズ、キーホルダー等いくつかが、特に目を引いた。

 ——面接に繋げたのは当然だ。

 中肉中背で、線は細い。優しい顔立ち。

 パーマなのか癖っ毛なのか、ゆるく巻いた髪が目のうえまで隠し、風にゆれるたび気だるげな雰囲気をまとう。歩き方は妙に軽やかで、時折見えない何かを避けるように足をずらし、肩を傾ける。

 俺は、当人に気づかれないように数メートル後ろからついていく。

 社長には「最終結果の見極めをしたい」と許可を取ってあった。


 ••✼••


 足もとに一匹の猫が、すり寄ってくる。

 しなやかな体を擦りつけ、ゴロリと転がる。ソウジの手が優しく撫でると、猫は満足そうに目を細めた。

 そのすぐ後ろに灰色のモコモコとした、得体の知れない何かがふわりと揺れている。

 悪さをする気配はない。ソウジも気づいていない様子だった。

 俺はそれをじっと見守る。

 小さな神社の前を通ると、稲荷神社の朱色の鳥居が夕陽に照らされ鈍く光る。

 ソウジが足を止め、首をかしげる。俺も目を細めた。

 鳥居の横、鼻が欠けた狛犬の前に、煙のようなものが漂う。黒い粒子がとろりと空中を滑った。


「……ほら、またや」

 俺は小さく呟く。

 ソウジは無意識に伸びをして、手が触れただけで、煙は水に溶けるように消えた。

 本人はやはり気づいていない。だが俺は確信した。

 ——こいつは、やはり、そういうヤツだ。


 ••✼••


 入社後もしばらく、俺はソウジの行動を観察した。

 ある日、ひとりで打ち合わせに向かうバスの中のことだ。

 窓際に座るソウジは、揺れに合わせるようにうつらうつらしている。

 ——ふと、何かが寄ってくる。

 煙のように淡く、輪郭を持った気配が足元から這い上がる。

 ソウジのまぶたが閉じ、呼吸が深くなる。

 吐息に混じる微かな何かが、バスの中に広がる。

 ——ざわりと場が揺らぐ。

 かすかな寝息とともに、黒ずんだ気配は弾かれ、壁へと滲み込むように消えていった。

 バスが停まる頃には、空気は浄化されたように澄んでいた。

「寝ながら何かしとるらしいな……本人寝てるだけや思うけど、なかなか」

 俺は、ため息をつく。


 ••✼••


 別の日、バスの中の足もとに、ハチワレの小ぶりな猫がいた。

 まるでずっとそこにいたように落ち着き、尻尾を揺らし座る。

「お前……どっから入ってきたん?」

 ソウジは周りに気を遣いヒソヒソと尋ねるが、猫は答えない。


 俺はその横で、薄もやを漂わせる物怪を見据える。

 ——シャッ。

 猫の前足が横に振られると、霧のような何かは一瞬で霧散した。


「猫の癖に、やるやん」

 俺は薄く笑った。

 ソウジは、猫が他の乗客には見えていないことに気づいていない。

 バス停に到着し、足元に猫をまとわせたまま颯爽と降りていった。

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