Happy Cleate!!! Re-Edit ——召喚士は現実世界で奮闘中。

柊野有@ひいらぎ

第一章 ハッピー・クリスマス!!!

第1話 クリスマス前の嵐

 クリスマス。

 だけど、僕にはハッピーな予定なんてない。そんなもの、あるわけがない。

 12月21日、あの治療院の企画書を出したのは、僕だった。


 僕の名前はソウジ。山本蒼司。

 クリスマス異世界転生なんて、もちろんない。

 健康体のまま、ただひたすら仕事に追われている。

 リヴコードデザインのアートディレクター、26歳。

 まだ若者でイケると思ってるが……どうだろう?


 小さなデザイン事務所では、アートディレクター自ら打ち合わせに出向き、デザインやバナーボタンのイメージを作る。

 僕がそのアートディレクターなのだが、今どきはUIもUXもこなす。コピーも考えるし、雑務もなんでもやる。

 そうして僕がまとめた資料と企画書を、タカヤナギさんは叩き台にし、見積もりを出して社内で開発チームを募り、治療院のWEBページの提案をした。


 そういうの、上手いんだよな。

 大雑把で適当そうだけど、クライアントや社内へのアピールが抜群だ。

 ――知ってるけど、認めたくない。


 タカヤナギさん、本名・高柳鉄。

 今の会社リヴコードでは「コーディネーター」という肩書きだった。

 過去にはニューヨークでツアーコンダクターをしていたり、北海道から沖縄まで場末のバーをバンドマンとして渡り歩いたりしていたという。

 そんな修羅場をくぐってきたせいか、彼はいつも余裕たっぷりで、それが少し鼻につく。

 人見知りで喧嘩したこともないはずの僕が、なぜか彼には入社時から喧嘩腰になってしまう。


 面接の日のことは今でも覚えている。

 面接官は、小柄な社長、中肉中背の課長、そして大柄なコーディネーター。

 大・中・小と並んでいた。

 社長は丁寧に対応し、課長は「野球好き?」なんて聞いてくる。

 僕は「数回くらいです」と答え、明らかにがっかりした顔をされた。


 一方、タカヤナギ氏は——

 誰よりも大きな態度で座り、中途採用で来た僕を値踏みするような冷たい視線を向けてきた。

 ……いや、あれは完全に品定めだった。獰猛な獣の眼をしていた。

 だから、僕も少しだけ強気な受け答えをして様子を探った。

 結果として面接は通過し、僕はアートディレクターの座におさまった。


 ただし、ここはシステム開発が本体の会社。

 内部デザインチームといえば聞こえはいいが、実態は何でも屋だ。

 社内の看板デザインに名刺制作、病院関係のホームページ案件、細々した依頼対応。


 ……気がつけば、クリスマスどころじゃない日々が始まっていた。


 ••✼••


 病院相手のサイト構成の特徴として、院長先生の意向がすべてを左右することが多い。ホームページ制作が決まると、大きな金額が一気に動く。

 僕らはどこにでも駆けつける。


 打ち合わせ用の応接間はコンパクトながら、落ち着いた色のモダンな大きな絵が飾られていた。ふかふかの革張りソファに、タカヤナギさんと並んで腰を下ろした。

 タカヤナギさんは、言葉巧みに院長先生を持ち上げながら、話を誘導していく。

 その鮮やかな手腕に、見ているこちらが驚かされる。


「そうですね。お金のことは気にせず、すべてお任せでお願いします」


 そんなに簡単に決めちゃっていいんですか、先生!?


 こうしてタカヤナギさんは、院長先生たちに気に入られ、引っ張りだこ。年末進行のこの時期、都内から横浜まで飛び回っているのだった。

 ――ということは、僕の年末も殺人的スケジュールなわけで。ああ、もう……。

 


 タグを打ち込み、バナーを整え、修正、再チェックを繰り返す。

 フリー素材を探し、足りないものはAIに指示して生成、名前をつけてフォルダに並べる。

 想定以上の修正量に、息つく暇もない。作業を分担したくても、部下はまだいない。AIとの会話が、せめてもの救いだ。

 アートディレクターとは名ばかりの、何でも屋である。


 そうこうしているうちに――


「え!? もう終電!?」


 社内は静かだ。終電を逃した社員は他にはいない。  

 けれど、ロッカールームの奥から「ばたり」と何かが倒れる音がした。  

 風かと思ったが、窓は閉まっている。  


「ええ? いや、まあ、気のせいか」

 作業を続け、キーボードの音だけが、夜の社内に響いていた。


「あー風呂、行こ……」


 気分転換に、いつもの「おたま湯」という近所の銭湯へ行く。

 東京だが、意外にあちこち銭湯やスパやサウナがあって、風呂には困らない。

 いそいそとロッカーから入浴セットを取り出した。

 東京の夜は暖かく、街路の灯りが銀杏の葉を照らしている。  


 脱衣所で服を脱ぎ、ロッカーに荷物を放り込んだ。  

 ふと、視線の端に白髪の老人が立っていた気がした。その向こうにも、わさわさと服を脱ぐ老人と若者がいた、ような。

 湯気の向こう、鏡の前。  

 と言うのに、僕が振り返ると、誰もいない。

「なんや、誰もおらんかったんか」


 湯船に沈みながら、「あ〜」とため息をついた。  

 肩の力が抜けていく。湯の表面には黒い粒子のようなものが浮かんでいるような気がしたが、気にしないことにした。


 あれ? 銭湯の奥のベンチに座る男——あれタカヤナギさんちゃうん。

 ふと顔をあげ、僕を見て目を細めていた。


「お疲れ様です!」

「まだ残っとったんか」

「まあ、後少し。今日は泊まりですわ」

「頑張り〜風呂は命の洗濯やな。風呂に入れるんは幸せや」

「もしかして、戦場カメラマンの話っすか? 戦場いうてどこの紛争地帯やねん。そもそも、幾つや」

「タイやけど? ソウジくん。女性にみだりに年齢を聞くものでは」

「アンタ女性ちゃうわ」

「転ばぬ先の杖言うてな」

「杖がいるほど耄碌もうろくしてないし、スフィンクスの謎かけちゃうし、性転換する気もないやろ」

「まあええわ。駆け出しの戦場カメラマンの頃やけどな? ボロボロの建物のかげで飛び交う弾にチビるし、死体見て吐くしなぁ、繊細な俺には向いてへんかったわ」

「ほんとかよ。どう見ても、繊細には見えないんだが」

「俺ほど繊細な人も、おりませんことよ」

 でも、戦場カメラマンって肩書きは、何だか彼にしっくりくる。うまく弾をよけ、その場をやり過ごしながら、緊張の合間に冗談を飛ばす姿が、妙にリアルに思えてくる。


 ••✼••


 クリスマスが近いというのに、社内にはツリーもイルミネーションもなかった。

 机と納品された印刷物の箱に囲まれ、息抜きにカレンダーやチラシの発送作業をしながら、モニター前で格闘する日々。

 夜になれば簡易ベッドを出して、ロッカールームに寝床を設える。昼のうちに夜食を買い込み、終電の時間帯に一服入れる。それからおたま湯に行ってサッパリしてから、仕事の続きをする。これが、僕の最近のルーティンだった。

 まぁ誰もいないから自由に出来るわけだが。

 ブラック企業め……! と思うが、選んだのは自分自身。やりたい仕事だから、若いうちは仕方ない。

 ――武者修行、武者修行。

 窓の外の秋葉原の街は華やかだった。

 暖冬の影響で銀杏はまだ黄色く色づき、真っ暗な空に映えていた。風に乗って銀杏のほんのり甘い葉っぱの匂いが流れてくる。

 色とりどりのイルミネーションが輝いている。

 ……キラキラだ。
 


 ふと視線を巡らせると、白いエプロンのメイドさんが店頭に立っていた。

 店先には抱き枕。

 ……これは眼に毒だ。

 今すぐその抱き枕が欲しい。のんびり寝たい。できれば、メイドさんのむっちり太ももの膝枕で、そのまま深い眠りに落ちたい。

 ——いやいや、そんなんしてる場合じゃない。


 クリスマスが近くとも、会社の人たちは誰も浮かれていない。残業組か、営業のシフト待ち組か。後者は、日々勉強しながら待機中だが、いたたまれないので定時でさっさと帰ってしまう。

 そんなことを考えていたら、ふと閃いた。

「あっ……もしかして、デート?」

 そうか、お前ら仕事もせずデートなのか!?

 畜生、浮かれてる奴らめ、俺が一人残らず駆逐を……!!

 僕は、うつろな眼で机の上に突っ伏した。

「1時間寝よ」


 ••✼••


 そういえばなんとなく肩が重い。

「疲れてるんかな?」

 両手で頭を抱えていると、タカヤナギさんが背後の席から、視線を送ってくるのでいぶかしむ。

「なんすか?」

「お前、何やねんそれ」

「は? 何?」


「……ま、ええわ。動くなよ」

 バシッ!!!(めっちゃ強く背中を叩いてきた!!?)

「いったぁ!! なにすんねん!?」


「目え覚めたやろ」

「なんやねん、もう」

 振り返って睨んだが、タカヤナギさんは何事もなかったように椅子に座り直した。皆帰宅したと思っていたけど、タカヤナギさんはおたま湯のあと、戻ってきた。


 あれ? 背中が軽くなった?

 さっきまで、なんか黒い粒子みたいなんが、ぼんやり見えてた気がしたんやけど。

 すっきり。

「んんん??」

 彼の席のパソコンを覗き込むと、動画サイトが見えた。何優雅に動画なんか見て、と思うも——。


「ローリンgirl!? エレナくるくる回ってかわいいな?」

「見ていくか?」
 

 素朴なアニメ絵のMADで皆、坂道を脱力してから落ち、鍋の中でぐるぐるとかき混ぜられ、また坂の上から落ちていく。

 まるで僕の目まぐるしい日々のようだった。

「ふふ。疲れたときには癒しが必要やろ」


  ニヤニヤしつつ僕に、うまい棒のコーンポタージュ味を渡してくる。

「やっぱコンポタが一番ですよねえ、あざすー」と受け取るものの、思わず言ってしまう。


「タカやんセンパイ、……ゴツいのに、なんでそんなカワイイものセンサーつきなんすか」
 

 言ってしまって、口ごもる。いくらなんでも上司である。

 友達に言うような軽口が過ぎたと思ったのだが、彼は気にせず椅子にどかっと座った。


「俺、進撃の日常もメビウスも懐かしのふわふわ戦車も、キルリーも好き」


「はう誰得、ふわふわ戦車かわいい」


 うまい棒の袋を開け、齧りながらふたりで動画を眺める。

「彼女も好きなんだよねえ、それが」


「へえ、脳内彼女炸裂」


「ちゃうわ脳内とか言うな。さ、仕事仕事。散れ散れ」


「寄ってきておいて、なんという理不尽……!」


 あー。なんかめっちゃ、さっぱりした。

 風呂に入ったあとのほっこりした気分。

 その後の仕事は、すごい勢いで捗った。


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