10 ドラキュラ
「誰かいるのか?」
突如降ってきた男の低い声。見上げると、階段を見下ろす二階の手すりから、細長い影があった。髪を後ろに撫で付けて、黒のスーツのような服を着て。顔は白く、目尻は吊り上がり。
そんな男を前にして、キーラもティミーも喉を引きつらせて凍りついた。
男はことんと首を傾げる。
「……子どもがどうしてここに」
訝しげな二言目が、子どもたちのスイッチを押した。
キーラもティミーも悲鳴を上げて、転がるように階段を下りていった。屋敷の壁に天井に声が反響し、それがまた恐怖を引き立てる。
もつれる足で階段を下り玄関に向かっていると、逃げ道を示すように扉が開かれた。
白い光の向こうに、キーラはアリエッタの姿を認め、その身体に飛び込んだ。
「吸血鬼が! 吸血鬼が!」
「フランケンシュタインの怪物じゃなかった! 吸血鬼だったんだ!」
なんとか倒れず子どもたちを受け止めたアリエッタは、眉を顰めて首を傾げた。二人はいったい何を見間違えたというのだろう。
身体にしがみつく子どもたちを宥めながら、アリエッタは屋敷の中を覗き込んだ。ちょうど大階段を下りたところに細い影があり、アリエッタは驚く。
その人は、時折床に屈み込みながら、こちらへと向かってくる。拾い上げたそれは、棒付きのキャンディーだ。見れば、キーラが下げていた籠からお菓子がこぼれ落ちている。
「あの、これ……落とし物なのだが……」
細長い男は、おずおずとキャンディーをアリエッタたちに差し出した。子どもたちはビクリと身体を震わせたが、その頃には男も光射す中に入ってきて、その姿があらわになっていた。
「あの……申し訳ございません、ドラクロワ伯爵。お嬢様たちがご迷惑を……」
子どもたちを抱えたままどうにか頭を垂れようとしたところで、ティミーが顔を上げる。
「ドラキュラ?」
「違います。ドラクロワ伯爵です」
聞き取りづらかったか、とアリエッタはゆっくりと発音する。
「数ヶ月前より、異国から御親戚を頼って来られた方で――」
その話はキーラも聞いていたのか、振り返って男を仰いだ顔が、みるみる青くなっていく。ようやく無礼を働いたことに気がついたらしく、アリエッタは肩を竦めた。
「……人間?」
「人間ですよ、紛れもなく」
まあ、吸血鬼と疑ってもおかしくはないほど、顔色が青くていらっしゃるのだが。
失礼はぐっと呑み込んで、アリエッタは子どもたちを引き剥がした。彼らはアリエッタからしてみれば主人にあたるのだが、あちらはその主人よりも格が上の御仁である。ならば、主人たちに礼儀を示すよう指導するのが、使用人の勤めだ。
「お騒がせして申し訳ございません、ドラクロワ伯爵。大変なご無礼をいたしました」
「いやいや」
昼の光の中に出てきたドラクロワは、ヘラリとした様子で笑う。三十を過ぎたかと思われるその人は、まだキャンディーを持て余していた。アリエッタは両手を差し出して、それを受け取る。
彼はすごく穏やかで気さくな人のようだ。
だから、アリエッタもつい気を抜いて、訊いてしまう。
「あの、ドラクロワ伯爵は、どうしてこのような場所にいらっしゃるのですか?」
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