第32話 白の街

 僕なら、まだ大丈夫、と思い、手のひらを見ると震えが止まらない。

「あっ」

 ぐっとミサーラに気づかれないよう震えを隠して「大丈夫、大丈夫」とミサーラの背を撫でる。ピキもフーギリアの部下らしき人たちになだめられていたが、こっちを見て、抱きついてきた。

「ピキ、ピキ、怖かったね。大丈夫だよ、お兄さんたちが助けてくれたから」

 ヴィムもクオンも気づいたらしく、こちらに寄ると、ぐすぐすと泣いてしまう。

 アルシュバッドは荷台から下りて、ハンスの死体を見ていた。

 セキエイが肩を叩き、涙を流し始めたアルシュバッドを抱きしめる。


「辛いところ申し訳ない。このままソウロウに移動したいが、ご同行願えるか」

 フーギリアに申し出にセキエイは頷いて、アルシュバッドと共にアムリタとカンロのハーネスをつけると、数人の部下を残してフーギリアの浮かぶ飛馬についていく。

 重い空気のまま着いたソウロウは青白く輝く地中海のような街だった。

 街の中央か、スカイツリーに似た建物があり、街は活気に包まれていたが、フーギリアの姿と僕たちの姿を見ると、みな道を空けて悲しそうな顔をしている。


 それはそうだ。

 御者の男、荷台の女と子供たち。見れば被害に遭ったと想像できるだろう。

 連れられてきたのはスカイツリーの隣の大きな建物だ。

 フーギリアは飛馬を下りて、建物に入ると、すぐに女性が出てきて、ゆっくりと荷台から降ろしてくれる。

 なにを告げられたかは知らないが、建物内に入って、真っ正面に二つの扉があり、

「湯殿はこちらです」と言われた。

「ミサーラ」

「大丈夫」

 ちゃんと自分の格好を見たら、あの男共の血がついているではないか。

 そこまで気が回らなくて、もう一度、ミサーラを見たら、

「お風呂? みたいだから」と言い、隣の部屋に消えていく。


「アンタらも服脱いで入っちまいな」

 フーギリアが言い、残された男五人でお風呂の部屋に入ってく。

 入ると男の人たちがいて、洋服はこちらです、と男物の白い洋服を渡されて、みんなでおろおろすると、

「元の服は、こちらで処分いたしますので」

 言われて、銭湯にあるような籠が並ぶ棚を見て、セキエイにどういうものか耳打ちする。多分、王族のセキエイは知らないだろうし、告げたおかげで、セキエイは頷き、布を人数分貰って服を脱ぐ。

 他の三人にも事情を話して、脱がせると連れ立って入る。

 そこは一面の白だ。

「わあ」

 ヴィムが声を上げて、なにかうずうずしている。

「走る前に、先にシャワーだ」

 セキエイが言うと、シャワーがあるところまで行き、取っ手をとると蛇口を捻って温度を調節しながらヴィムとクオンに掛けてやる。

 僕はピキを身体を流し、アルシュバッドは沈痛な面持ちのまま身体を流していた。


「いいぞ」とセキエイが言う。

 すればヴィムとクオンが連れ立って湯船の中に入っていく。

 一人で歩かせるには滑ると思い、ピキと連れ立って湯に浸かった。

 その隣にセキエイが座り、腰を抱いて、持たされた布で僕の顔を拭く。

「足りないな」言われて、また泣きそうになる。

 まだ、みんなの前では泣きたくない。ぐっと我慢してセキエイに寄り添うだけにした。ピキもいることだし、大人が大丈夫だって言わなければ子供たちだって不安だろう。


 ヴィムとクオンはパシャパシャと遊んでいたが、アルシュバッドだけがひざを抱えて俯いていた。それにセキエイは気づくと、ここから離れて隣に座り、二言、三言、なにか喋り、アルシュバッドは涙を流している。

 それが見えたのか、ピキが抱きついてきて、抱き返す。

「ピキ、お風呂は初めて?」

「う? お風呂初めて」

「暖かいでしょ」

「ん、あったかい」

 とんとんと背中を叩いていると、こてんと肩にある頭が転がって、寝てしまったのを感じとり「ピキ? ピキ」と呼んで見れば、涙を流しながら寝るピキを見て、とても怖い思いをさせてしまったのだと苦しくなる。


 さすがに寝ているピキを、そのままにはできなくてセキエイに近づいて事情を話すと、こっそりとまだアルシュバッドと話したいからと、先に湯を出ることを了承してもらった。

 ついでに「ヴィム、クオン」と呼んで、二人を残して湯殿から出る。

 出ると血のついていた服がなくなり、白い綺麗な服がサイズ通りに入っていて、先にピキの身体を拭いて、綺麗な服を着せる。

 クオンとヴィムは、一人でできるので個々に任せておき、ピキはどうしようかと周りと見ると、座れそうな椅子があったので、ゆっくりと座らせる。

 結局、斜めに座らせてしまったが、起きる様子がなかったので、そのままにして、自分も急いで身体を拭いて着替えた。

 ちょうど、セキエイとアルシュバッドがあがってきて、ピキを抱えながら、二人の着替えを待つ。


 ほどなくして二人の着替えが終わったので外に出ると、もうそこにはミサーラがいて、僕たちの顔を見て笑みを零した。

「お風呂ってはじめてで、言ったら教えてもらっちゃった」と恥ずかしそうに言う。

 それを見計らってかフーギリアと初老くらいか、男性がやってきて軽くお辞儀をされたので、仕返すと「部屋に」と告げて、

 フーギリアが、

「お疲れでしょうが、お話をお聞きしたく」

 確かに僕たちの存在は、少しばかり異質かもしれない。

 高価な飛馬を二頭連れ、みな商人のような格好をしていたが荷物は少ない上に、一人は女装していた。

 聞きたいことは山々だろうに。

「申し訳ない、フーギリア殿。子供たちには部屋を与えてはくれませんか。訳をお聞きになるのであれば、自分と妻がお話しします」

 妻という言葉に一番驚いた顔をしたのはフーギリアだが、初老の男性は近くに控えている女性に声をかけて「どうぞ、こちらへ」と子供たちに声をかけて連れて行ってしまった。

 アルシュバッドがいるから大丈夫だろうが、今のアルシュバッドは、酷く傷ついている。できるだけ、そばにいてやりたい気持ちはあったが、僕の視線に気づいたセキエイの瞳が「大丈夫」と言っていて、それに軽く頷いてフーギリアたちに目線を移した。

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