第31話 道中家族6
「待てやゴルァ!」
森の中から大声を出しながら、馬に乗った男が後方に現れる。
大きな太刀を持ち、それを振り上げて荷台を斬ろうとしたが、ガンッという音で、
「チッ、護身馬車かよ!」
なら、と言わんばかりに男が手を上げて、前方から矢らしきものが放たれてくる。
荷台には当たらなかったし、セキエイがアルシュバッドを後ろに寄越したので、御者席にはセキエイだけがいた。
「セキエイ!」
「くそっ」と、
言えば、アムリタが前脚を上げて、立ち止まる。
よくよく見れば、アムリタの前脚に矢が突き刺さり、赤い液体が流れ出てた。
「アムリタ!」
「バカヤロウ! 飛馬は売れるんだぞ! 御者だけ狙えや!」
怒号に包まれながら、四方を二人ほどの山賊に囲まれる。
「ガキが五人と大人二人か。どれも高値で売れそうだが」
品定めをしている後方の男は、パチッと目が合って、その汚らしい口を歪ませる。
「おいおい、おれ好みがいんじゃねえか」
ムカついて、
「僕は男だ!」と声を張り上げる。
「マジかよ。まー、こっちもフーギリアのやつにしこたまやられてんだ。男でも女でもおいしくいただくぜ、いぃ声でないてくれそうだしなあ。チビはお前たちにやる」
それに周りの山賊どもの目がミサーラにいく。
されたこともない視線にさらされたミサーラが僕に掴まり、身体を震わす。
「アルシュバッド、カンロとアムリタのハーネスを外せ!」
言われて荷台にいたアルシュバッドが飛び出して二頭のハーネスを外し、
「カンロ!」
名前を呼ばれたカンロの身に風が集まり、先頭の山賊たちに突撃して散らす。
「んだよ! 魔獣飛馬か!」
前方で吹っ飛ばされた山賊は、動けなくなり、カンロがこちらに身体を向ける。
「クッソが、ガキを捕まえろ!」
荷台にいる僕たちではなく、アルシュバッドに手が伸びて、それをセキエイの剣が腕ごと斬った。
あぁあッと叫ぶ間にアルシュバッドを荷台に戻し、カンロとセキエイの二人が山賊の前に立ちはだかる。
「ぶがわりぃなあ」
最初のリーダー格の男が顔を歪ませ、荷台とカンロとセキエイを見て「チッ」と舌打ちした。
「ガーター! こりゃ無理だ!」
右側にいた男が叫び、どの賊も二の足を踏んでいる。
その時、ガンッと左にいた男が荷台のバリアを叩いた。
「なんでよォ! てめえがいるんだ、アルシュバッドよォ!」
「ハンスにぃ……?」
顔見知りか。男はアルシュバッドの名前を叫ぶ。
「なんで、てめえ、そんな身なりなんだよぉ! アァ!? なんでだァ!」
「ハ、ハンス、にぃ」
「アルシュバッド、聞かなくていい! 自分自らおちた男だ、今さら何を言っても意味がない!」
ガンガンと叩きながら、そのハンスという男はアルシュバッドに怨嗟を向ける。
「おれはヨォ! 山賊やってんだよ! おまえなんだ!? なんで、なんで、あぁ、アァ! ソウロウにいけんのか……ふざけんなヨォ! おれは山賊だぞぉ!」
唾を吐き出しながらハンスは何度もバリアを叩く。
それにアルシュバッドを背中から抱きしめて、睨みつける。
「奴隷商人じゃねェよなァ! あぁあぁああ! ちくしょう! ちくしょう!」
ガンガン、ガンガンと叩きつけられ、アルシュバッドの身体が震えていく。
今度は「チッ」とセキエイが舌打ちをする。
「カンロ!」
ハンスがいる左側にカンロを向け、セキエイ自身は右側に移ると山賊の馬と本人を突き刺して包囲網を崩していく。
がたん、がたんと荷台が鳴り、がくんと大きく揺れる。
「あっ」
ミサーラが落ちそうになって、咄嗟に手を伸ばす。
このままじゃ二人とも落ちてしまう、手を掴んで、ぐるんと位置を変え、僕が荷台から身体が出る。
それを見逃す輩ではなかった。
「いっ」
分からなかったが頭の毛を掴まれ、引き寄せられるとガーターと呼ばれた男は、無理やり自身の馬に乗せると横抱きにし、ゲラゲラと笑い始め、
「おーおーおーいいじゃねえか」
胸元を掴まれ、顔を上げさせられると、べろりと顔を舐められる。
「ひっ」
「アキラ!」
「夫婦で商人って偽っているところを見ると、イイトコの坊ちゃんたちか? まあ、いいや、今夜はこいつで楽しむか」
男の手がスカートを撫でて、触ってほしくないところを、ぐっと掴まれる。
「い、やっ、セキ、セキエっ」
「おい、お前ら、飛馬もいらねえ、いくぞ」
「ガーター、荷台のガキ共は」
「放置だ放置。おれはもう充分だ。あとはお前らの好きにしろ」
身体中を撫でられ、いやだと身体を捩る度に下卑た笑い声が上から聞こえる。
「なんだァその顔」
セキエイを見ると明らかに血が上った顔をしていた。
「もしかして、それなりのイイ仲なのかよ……くっくっ、マジかよ。動いたら、どうなるか分かるな。おい、もう手を出せねえから、男の方、やっちまえ」
「やだ、やめ、やめて」
震える声で訴えれば、やはり、男はゲラゲラと笑う。
また、ぐっと頭を掴まれて上向きにされると男の顔があり、
「いや」
ハンスという男は、まだ怒鳴っていたが、こちらを見て、
「オイオイオイ、男の方、いいようにされちまうぞ? 出てこいよ、おれが助けてやるからよお」と笑った瞬間、
ガタンッと大きな音がして、僕の目の前で男の首がなくなった。
「なんッ」
他の男たちが言葉を発する前に、山賊の後ろから槍や剣が突き刺さり、血飛沫が雨のように降る。
「残党はこれで最後か」
上から声が聞こえて、見上げると飛馬でも空中に浮かぶ飛馬が目の前にあった。
乗っているのは鍛え抜かれたと言える美丈夫で「無事か」と声をかけてくれる。
「あ、え」
混乱していると、森の中から馬に乗り、鎧を着た複数の男たちが出てきて、残党と言われた男たちの身から武器を抜き、パニックになりそうだった男共の馬をなだめていた。
「なに、が」
「オレはフーギリアだ」
その名前に、あの、と頭に浮かんで身体の力を緩めると、ずるりと馬から落ちそうになって、
「アキラ!」
飛び出してきたセキエイに抱き抱えられる。
嘘だったような現実が、セキエイの手で本物の現実が戻り、涙が流れてくる。
「せきえい、セキエイ」
縋り泣くと「大丈夫だ、すまない、怖かったろう」と背を撫でられた。
そして、ひっくと荷台の子供たちが泣き出して、周りから「大丈夫だ」という声が聞こえてくる。
「そちらの飛馬は怪我をしているな、ガムバ、治療してやってくれ」
「おう」
と、ガムバが近づくが、カンロがアムリタをかばって近づけない。
セキエイは荷台に僕を置くと、カンロをなだめ、治してくれるというガムバを、アムリタの前脚を向ける。
「駆ける、風の、精霊よ、駆けし、風の、癒やしにて」
唱えるガムバの手のひらから、リリンと音がして小さい人のような、あれが精霊なのか、アムリタの傷が癒えていく。
カンロは理解したのか、興奮した身体を収めてアムリタが全快するのを待ち、終わると身体を寄せて身体を舐める。
それを見ていると、
「ごめんなさい、ごめんなさい、アキラさんっ」
「ミサーラ」
抱きついてくる。
もちろん、吐き気をもよおす邪悪な男だったが、落ちて捕まったミサーラじゃなくてよかったと、心の底から思った。
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