第16話 砂嵐は、まだ3―ベッド

「まずは、俺の情けない話をしよう」

 セキエイの腕の中、語る彼は、少しだけ笑う。


「前提として、アキラがいてくれたから俺のは、少しなくなったと思う」

 かたるは『第二王子』の肩書きの話だった。そして、自分が他よりも劣っていると知っているという。


「……獣の儀があっただろう。その時、兄は伏せっている父の代わりにまつりごとを指揮していた。だから、俺に獣の儀の役目が回ってきた」

 兄が獣の儀をしていれば、そんなものものの数分で召喚できたと言う。それくらいの差が、兄と自分にある。


「結果、アキラを召喚してしまった。アキラはすぐに牢屋へ連れて行かれたから知らないが、動物を召喚するのに人間を呼んでしまう。前代未聞だった」

 緊急の会議が開かれ、還す算段もないので生け贄として殺してしまおう、殺したら王になにかあるかもしれないから飼い殺しにしよう、なにかしかの力があるかもしれない王の世話係にしてはどうか。


 ここは獣の儀の責任者である神官のハーレッドに愛でさせ、神聖なる力を手に入れてはどうだ。

「前にも話した通り、俺は自分が喚んでしまったのだから、なぜ人間を召喚してしまったのか、それが分かるまでアキラを引き取ると言った」


 だが、すべてに劣るセキエイの言葉に大臣や神官たちは渋い顔をし、母も兄も「お前にできるのか」そう言われ、それに「できる」と反論できず、話はどんどん進んだと。

「そこでやっとアキラという存在が、俺の中で激しく燃える炎の如く、大切な人間だと思い至った。欲望だけのために会っていたと思っていたのに」


 劣る自分のことを知らないアキラは、素の自分に出会ってくれる大切な存在であり、恋する相手だと会議中に理解した。

「最初は王子らしくしたんだが、やっぱり、無理をするものじゃないな。間抜けな気がして、すぐにやめた、くく」

い』などと言ってしまったことが恥ずかしいとセキエイは言い、口を開く。


「会議の最中、もう俺はアキラを連れて城を出ることを考えていた。会議が終わり……アキラ、お前にパンと水を持って行っただろう」

「うん」


「あれをくれたのはな、俺の面倒を見てくれているがくれたんだ」

 ばあやは先代国王のだった。だが、王妃ではなく、側室でもなく、ただの王ので、先代が唯一心を許し、心の声を聞く人、前はをやっていた女傑であった。

「先代の時、国は荒れていてな。一部の大臣たちや神官が欲に溺れて国民から財を奪い、人を奪い、優しかったおじいさまを舐めていたヤツらは言葉も聞かず、好き放題していたと聞いた」


 それに抗ったのが、ばあやで、彼女は義賊として悪徳なものたちを罰し、その力で王城に入り込むと、おじいさまを殴ったと言っていた。それでも優しいおじいさまはばあやに謝り、劣る自分を恥じていると告げた。

「そこからだと言っていたな。おじいさまの相談役になり、傾いた国を少しずつ建て直していったのは」


 人を人として扱い、財は財に、罰するべきものには罰を。


「ばあやに、この国を建て直した話は何度もせがんで聞いたな。形として相談役というのは非難されるということで妻という形をとったらしい」

 けっして、おじいさまは『愚かで劣る』人間ではなかったと言っていた。ただ強く出れないのがきずで、国家運営が下手くそなだけと――。


「ばあやは孫の俺に対して明け透け言っていた。おじいさまが亡くなった時、ばあやは城を出るつもりだったらしいが、おばあさまが止めて、子供の教育係になってほしいと頼み込んだ」


 最初は断っていたが、この先、父が王として国民の上に立つべき人間として必要な養育をすべきだ、とは思っていたらしい。

「おばあさまに負けたばあやは教育係を引き受け、父、兄、俺の養母になった」

 父も兄も出来は良く、すぐにばあやの手から離れたが、唯一、俺だけが、

「あの男に――おじいさまに似た、と言っていたな」


 心優しいとか少し臆病とか、そういう似るではなく、ただ劣っていると勘違いしているところだと強く言われた。

「でも、実際のところ、勉強も剣術、魔術も兄に劣っていたからな。ばあやは見るところはそこではなく、自分がなにを為すべきかを考えよ、と泣く俺に言ってくれた」


 そのばあやに『アキラを助けようとする俺』が、なにも言っていないのに知られ、食事を持って行ったあとに「なにをしようと私は見ていない。お前の好きにしなさい。でも中途半端にはするな」と背を押された。


「押されたと感じたのはアキラを愛していると気づいたからだが、ばあやは分かっていたんだろうな。必要な宝石、必要な香辛料、必要な紙幣、服に日常最低限のものと、すべてが俺の部屋に置いてあった」

「必要って思ったのは?」

 僕の声にセキエイは、小さくため息をついて、

「言ったろう、ばあやに話をせがんだ、と。ばあやの義賊時代の話も何度も聞いていたんだ。山賊の話も人のちょっと悪いところも、そこからどう生き抜いてきたか」


 宝石は山賊のために、宝石と紙幣は裏の人間に、秘密を貫くために香辛料を。

 人は欲に目がない。少しの義理は、簡単に破られてしまうが『共犯者』だと思わせておけば、嘘もつく。


「じゃあ、夜にばら撒いていたのは」

「山にいる山賊への通行料だな。第二王子である俺が城の中でぬくぬくとしている訳はないだろう。最低限のことはばあやに教えてもらっていたし、そう最低限の政に関わらせてもらっていたさ」


 ただ、

 ――だれもかれもの姿を見ていると、それらと比べて劣っていると俺に言わせる。

「宝石と紙幣を渡した街、ここは香辛料を渡した。同じものばかり渡していたら、すぐに見つかるからな。劣っている俺ができる、アキラを護るための行為だ」

 ギッとベッドが鳴って、セキエイが僕の頬を撫でる。

「アキラを護るためと言って傷つけてしまうことがあると理解はしていた」


 訳を話すよりも王都から離れることを第一として、アキラを不安にさせてしまったのは俺の落ち度である。

「不安にさせてしまってすまない」

「……僕も、ごめ」

「謝らないでくれ。恋人を不安にさせるなんて俺が許せない。ああ、あと髪のことだが、一時的に黒になっているだけで生えてくるのは、お前の好きな金髪だ」


「な――なんで好きって」

「酷く落ち込んでいたからな」

 荷物を別けていたのはただならぬ事情で離れた時のためだ。

「やっぱり、そうだったんだ」

「追っ手がどれだけ本気か分からないしな。最初から話すべきなのにおざなりにしてしまった。すまない」


「とにかく、王都から離れないといけなかったんでしょ」

「そうだ」

 セキエイの手が瞳や唇を撫で、額にキスをしてくれる。

「殴ってもいいんだぞ」

「……殴らない。殴ってもどうにもならないし、喧嘩がしたいわけでもないし、ただセキエイがなにも言わないから、勝手に荷物を見たのは僕だし、一人で悶々として……怒った方がいい?」


 ハハッとセキエイは笑った。落ち込んでいた時が遠く、不安が消火されてしまい、どうしよう、と思っていた時のことを忘れてしまったような気がする。

「もう、セキエイが好きっていう気持ちしか残ってないよ」

「幸せ者だな、俺は」

 柔らかいキスをして熱がこもる。

「――セキエイ、したい」

「ああ、もう我慢しなくていいからな」

 電話越しではない、本物の手と鼓動と息づかいが部屋に満ちた。



(次回はセックスシーンのため非公開になります)

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