第18話 後始末
ふ、と頭の中が鮮明になってきて目を開ける。
今は何時だと携帯を探すが、サイドテーブルもないし、眩しく光るカーテンもない。
あれ、と思い周りを見渡す、つもりだったが、背中に熱を感じて固まった。
ここは異世界で背中から抱きしめてくれているのは恋人のセキエイである。
身体の節々が痛くて「う」と口に出した。
何時だろうと思い、部屋の中を見渡すけれど窓がなくて、ああ、ここは隠れ宿で、朝着いて、くだらないことを考えて、セキエイの話を聞いて、体力がなくなるまで、情事に耽っていたのだ。
最後に見たのは汗だくなセキエイの顔。
自分は遠のく意識。
おそらく、セキエイよりも先に潰れてしまった。
毎日、走っているのだから体力には自信があったのに、受け入れる側の体力の消耗が、これほどとは。
身体の力を抜いて、ぼんやりとする。
清めることなく疲れて寝たからか、下半身からパリッと乾いた音がして、本当に、体力がなくなるまでシたのだと息を吐く。
セキエイの腕を枕にしているが、どちらかというとセキエイが等身大枕を抱いているように思える。それだけセキエイの腕の中が熱く、強く、首元に吐息を感じるのだ。
逃げようにも逃げられないので、ぺしぺしと腕を叩き、
「セキエイ、セキエイ、起きて」
と、起床させる。
「ん、なんだ……アキラ?」
寝ぼけているのか分かっているのか、抱きしめる力が強くなり、
「う、くるしい」と抗議する。
「……アキラ」
今度は確認するような声音で、腕枕を抜き、僕に覆い被さった。
まだ、そんな体力があるのかと驚いていたが、それよりもセキエイが驚いているようで「アキラ」と口にしてから、額にキスをしてくる。
「夢じゃない」
そういいイケメンの笑顔を浴び、そうだよ、というつもりで腕を伸ばそうと、
「いっだだだ」
腕を上げるだけで痛みが走る。
どんな風にセックスをしたか、なんとなく思い出し、セキエイの上に乗ったり、後ろからされたり、腕を引っ張られたり、我ながら無茶をしたと反省する。
しかし、当たり前だろう。
恋人と初めてのセックスだったのだから、たかが外れて当たり前である。
「大丈夫か」
「うう、大丈夫じゃない、かも」
節々が痛いと言ったら、少し反省しているような悲しいような、しゅんとした顔になったので「セキエイは平気?」と話題を変える。
「ん、確かに痛いが、きっとアキラほどではない」
と思う。と付け足して抱きしめてくれるのだが、
「いだ、いだだ」
腰、腰が痛い。どんな風にしても痛くてセキエイの身体を押しながら「うう」と、さらに呻く。
「ア、アキラ、すまない。無茶をさせて」
それは別にいいんだけど、とセキエイに伝え、頭を撫でる。
また落ち込む顔を見せるものだから小動物を見た気分になり、くすりと笑う。
「ど、どうすればいい?」
聞かれて「お風呂に入りたいかな」と言うと、セキエイは「わかった」と言って、ベッドから下りてバスルームに向かっていく。
その間、はあ、と寝転がり、腕足関節とマッサージしていくが腰だけがダメで、今日は起きられないかもと身体を大にして天井を見る。
深い黒の天井は、元の世界でもありえそうな仕様だけど、きっとこんなことがなければ、一生、見ることがなかったと思う。
はっと気づいてベッドのシーツを見る。
「あー」
ぐしゃぐしゃだし乾いた液体がついていた。そうだよ、そうだよなあ、と思い、こういうのは宿の主に新しいシーツをもらいに行って、自分たちで洗濯するかと意識が遠いところへ行く。
セキエイは、まだかなあと思いながら目を瞑る。
すごかった、本当にすごかった。今はこれしか思い浮かべられなくて、我ながら、恥ずかしい。
一生分の快楽を得た気分だ。
それを振りはらおうと、本当に何時だ? と別方向に意識を向ける。
窓がないせいで分からないし、携帯電話も、ちゃんと稼働していれば昼だの夜だのと分かるのだが、それはテーブルの荷物にあるので取りにいけない。
気絶するほどしたのだから夜だろうかと当たりをつけて、横に身体を向ける。
腰が痛い。
もうこれしか感想が出てこず、諦めて腰以外の可動域を増やす。
「アキラ、もうちょっとで、お風呂に入れるぞ」
バスルームから戻って来たセキエイが、運動をしている僕を見て、ぱちくりと目を見開く。
「腰以外は、まあまあ動くみたいだよ。セキエイ、今何時?」
体操をしている恋人の質問に、セキエイも気づいたようで「ちょっと待っててくれ」と言い、カンロとアムリタがいる厩舎の扉を開ける。
本当に窓がないのかと確認して、敵が裏に回るのを防いでいるのかな? と疑問を生やす。
二匹は、顔を出してきたご主人様に「なに? なに?」という顔をしてセキエイにすり寄ると、目的が自分たちではないことに、すぐさま気づいたのかツーンと顔をそらした。
「悪かった、悪かった」
セキエイが二匹を撫でるのを見て、はは、と笑う。
カンロとアムリタは、本当に頭がいい。こちらの感情を読み取って色々な顔を見せてくれる。
「昼、だと思う」
厩舎からだと、はっきり分からないらしく、なんとなくということだろう。夜ではないらしいので、いや、これで夜だったら、どれだけ激しく交わっていたか。
考えたら恥ずかしくなったので、備え付けの枕に顔を埋める。同時に、腰に衝撃がいって「あうっ」と声が出た。
「本当に大丈夫か」
「だいじょうぶじゃない」
正直に言い、セキエイの顔を見る。おろおろしている顔、可愛いなあ、なんて思っておく。そのぐらい現実逃避しないと腰の痛さで泣きそうである。
「先にシャワーを浴びよう。できるだけ痛くないよう連れて行く」
優しい手つきで、お姫様抱っこされたのだが「いだ」と衝撃がくる。
どうにか耐え、シャワーまで来ると、ゆっくりと降ろされて出来るだけ身体が伸びるように立ち上がった。
セキエイに掴まる子鹿は、暖かいシャワーで身体を清め、また抱っこされて湯船に沈む。
「あー、暖かいの気持ちいい。沁みるー」
目を瞑り味わっていると、自らもシャワーしおわったセキエイが湯船に入ってくる。
今度は正面にかまえて、お互いの顔で見つめ合うと目を細めて笑った。
「……すまない。失神したアキラを俺は気がすむまで抱いた」
上目遣いで言われ、はあ、とため息をつく。
「いいよ、別に。途中で気絶しちゃってごめん」
「いや、俺が」
しっと人差し指でセキエイの唇をふさぐ。
「いいんだよ」
その言葉にセキエイは、うっとりとした顔でこちらを見た。
許されたのが嬉しいのか「いいんだよ」と言ったことに反応したのか、セキエイは人差し指を掴むと軽く噛む。
「……幸せでどうにかなりそうだ」
そのまま親指を噛んで手のひらを舐めていく。
「アキラの味だ。もう、おまえを離してやれない」
「ん」
少し反応してしまったことで猛獣の瞳が、こちらを射抜く。
射抜くが、こちらが負傷していることを知っているのでセキエイは笑うと、手を解放し、最後に手の甲にキスをした。
「腰が痛くなければなーセキエイを抱きしめたのになー」
文句をたれたつもりはないのだが、セキエイはバツの悪そうな顔をして、
「結構、いじわるだな」
「セキエイが可愛いから」
足を伸ばして、セキエイのと重ね合う。ちょっと腰にきたが許容範囲だ。
「今日は部屋から出れないな」
セキエイが言うので、
「その前にシーツが可哀相なことになってたよ」と報告する。
気づいたらしく、セキエイの顔が青ざめた。
「こういう時、どうすればいいんだ」
「女将さんに事情を説明すれば。恋人とたくさんしたせいで汚れましたって」
本当は洗うのを手伝いたいが、この腰なので手伝えない。
「しょ、しょうがない。うん」
覚悟が決まったようで何より。思いながら、くすくすと笑う。
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