第14話 砂嵐は、まだ

 ん、と身体を捻る。

 いつ布団の中に入ったのか、けして上等な布とは言えない掛け布団が、自分に掛けられていた。


 ぼんやりと思い出す。

 そうか、寝てしまったのか。

 寝てしまえば、ぐにゃぐにゃした信頼と疑心の混ざりものが溶け合っている。

 身体を起こして、隣を見た。誰もいない。

 苦しみから解放された気分になって、安心する。


 あ、バカ。

 そう思い両頬をパチンと叩く。

 なんて酷いことを考えたのだ。

 自分で自分に失望するな。


 自問自答をしている時、シャワー室から、今日二度目にお目にかかれる引き締まった身体に目を奪われる。

「ま、まえ隠してよ」

「アキラとしかいないんだぞ?」

 セキエイは不思議そうに言う。確かに二人しかいないけれど、そのモノが見えるのは違う。青年にしては、ほどほど大きい、と何言ってんだと首を振る。


「……アキラ、浴槽にお湯をはったんだ。どうだ?」

 伸ばされた手に、うっと詰まる。

 好きな人とのお風呂なんてシチュエーションは美味しすぎた。


 ベッドから出てセキエイの手を掴む。

 上手く脱げなくて、もたもたしていると、セキエイが腕を上げてと言ったので素直に上げれば、バンザイと子供のように脱がされる。


 一気に見られたことに動悸と息切れが、ぶわっと襲ってきた。

「子供じゃないんだから!」

「これが早い」

 次はという風に、ズボンに手を掛けられたので、さすがに止める。

「靴があるから」

「じゃあ、アキラ。靴紐解いて?」


 羞恥心が爆発しそうだ。ベッドに座り、震える手で結び目を解いて、前を緩くすればセキエイの手が伸びてきて、簡単に脱がされる。

 そして下着と一緒にズボンを脱がされて、とうとう丸裸にされてしまった。


「……風呂場に行こう」

 手を引かれて、湯気がたっている浴槽を見て、違う動悸が心の中を支配する。

 するのか?

 ここで?


 セキエイはシャワーの取っ手をとり、捻ると、こちらに手を向けて「ほら」と言う。おずおずと近づいて恥ずかしがっていると、

 くんっとセキエイに引っ張られた。

「期待か?」

 バレた下心に、顔を耳まで赤くする。

「そ、そうじゃなくて」


 シャワーの水が背中に当たる。ちょうどいい湯加減だ。鍛えられた胸を触り、目をそらす。

 ジジッと、さっきの馬鹿な考えが頭のすみでテレビの砂嵐で再生される。

 ここで流されていれば疑念は消え、ただただセキエイを愛する、ただの男でいられたのに。知りたいと思うのは罪じゃないはずだ。


 その前に口に出したのは、

「おふろ、いっしょにはいりたい」

 子供のような答えに、セキエイは笑い、シャワーをかけて簡単に汚れを落とすと、

自ら浴槽に入って、こちらに手を伸ばす。

 おずおずと、その手を取って導かれるまま境を越えた。


 足元から湯と暖かさが脳天までやってきて、元の世界ではシャワーだけですませていたなと思い出す。

 セキエイは、そのまま浴槽の中に入って座る。もちろん、こちらも座り、水面がキラキラと輝いて、不思議な輝きを醸し出していた。


 対面して分かる。さっきの不安は杞憂であると。

 目の前で笑みを湛える人は、本当に結晶ゆいあきらを愛してくれているのだ。

「疑ってごめん」

「なにがだ?」

「セキエイの口から、なにも聞いてないのに決めつけてた」

「ん?」


 よく分からないという顔をされて、ふっと笑う。

 勝手に落ち込んで、ブルーになって、馬鹿らしい。

 またジジッ、と砂嵐が頭の中で鳴り、ふるふると首を振るう。


「どうしたアキラ」

「なんでもない」

 対面した状態で話せるぐらい浴槽は大きい。

 セキエイは、くるりとアキラを回転させ、抱き込む。


 よく聞く、あすなろ抱きというか、背をセキエイに任せてアキラが見るのはセキエイの足だけだ。

「……やってみたかったんだ。好きな人をこうやって抱きしめて風呂に入るの」

 肩、いや耳元でしゃべられ、身じろぐ。

 それを照れだと思ったらしく「抱きしめさせてくれ」と言われて、身体の力を抜いて、セキエイの肩に頭を置く。


 最初に入ったと同じで光源はないはずなのに、入ったことで水の反射にて身体が輝いている。

 ぱちゃん、と水をすくい顔を洗う。

 その水で前髪を上げ、ふうと息を吐いた。


「ここは隠れ部屋として一級品らしい」

「お金かかっちゃったでしょ」

 嫌みではない。けして嫌みではなかったのだが、声音に不機嫌さが混じる。

「俺は見たいことないが、厩舎に直接行けるのがミソらしい」

「……」

「アキラ?」

「セキエイが寝てる間に色々見て回ってた」

 男らしいセキエイの肩と鎖骨にすり寄った。

「荷物も、ごめん、見ちゃった」


 ここでセキエイが固まったのが分かる。抱きしめられていた腕がぴくりと動いたからだ。

 目の前には揺れる水面。頬についた自分の髪を耳にかけて、硬直した腕を撫でる。

「怒ってないよ。知らないことが多すぎて、自分が情けないだけ」

「アキラ、それはゆっくり時間ができたら話そうと」

「わかってる。ここまでずっとセキエイは助けてくれたし」

「……アキラ」


 ぐんっと身体を伸ばして、さらにセキエイの後ろ抱きをリクエストした。

 伸びてきた腕が身体を逃がさぬよう抱きとめて、セキエイは僕の肩に顔をつけ「不安になっただろう、すまない」と小さく口にする。


 本当はただ情けなかっただけだと答えが出て来て、八つ当たりだと自覚する。ああ、これはいけない。肩口に頭を押しつけるセキエイの黒髪を撫でた。

 おちないんだ、これ。


「一人っきりは辛いものだ」

 はっと、目を見開く。

 セキエイには気づかされてばかりだ。

 前の世界も、ずっと不安で、どこか憤りもあって、一人なのが辛い。誰かが「大丈夫ですか」と言ってほしかった。

 ついぞ、そんな体験はなかったが、どこかで助けてほしかったんだと思う。


 例えば、結晶ゆいあきらという存在の全てを知らない人に縋り付くほどに。

「セキエイ」

 名前を呼んで、顔を上げてもらうよう優しく撫でる。

 喚ばれた先は異世界で、電話越しだけの軽い関係だったセキエイとの出会い。なんとまあ「好き」だの「愛している」など軽く言えるものだ。


 別の意味でと口にしてもいいかもしれない。

 酷い人間。

 ゆっくり、振り向きながらキスをする。少し深めの舌先が触れるくらいだ。


 セキエイの目の前に座り、胸元に手を置きながら、

「なにも、しない?」

 妖艶にアキラはセキエイを誘った。

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