第13話 部屋の中のセトリ2

 春の陽気。

 そんな感じがする。

 眠りたいと思う身体は、完全に寝ることはなかった。目の前にある端正な顔立ちのセキエイを眺めているだけ。


 綺麗だな。それだけを思う。

 この人が電話相手で、何度も電話越しで欲を交わし、異世界にやってきて、下賜される予定だったのを、好きだという理由だけで駆け落ちしてくれた。


 きっと、死ぬ時が終わりだろう。

 それくらいの覚悟ではないと夜を駆けた意味がない。

「セキエイ」

 小さく呟く。ああ、春のようだ。

 春が終わったらなにになるだろう。

「セキエイ?」


 身じろぎ「うう」と声が漏れて「ごめんなさい」とセキエイの唇から出てくる。

「え」

 なにに謝るの。

 鼓動が早くなる。

 大丈夫だ。このことじゃないはず。


 そういえばセキエイは「情けない自分をアキラで隠したかった」みたいな事を言ってはいなかっただろうか。だから昨日、電話越しに会おうと。

「兄と違って三十分もかかった」思い出せばセキエイは辛そうに語っていた。


『アキラのことを考えてしまった』

 言われた時の気持ちは純粋に想ってくれたんだ、と嬉しく思ったけれど、実際のところセキエイは、どんな気持ちだったのだろう。

 と思ったのではないだろうか。


 身体が凍える。

 目を見開く。

 ――勘違いをしているのではないか。

 ぱっと浮かんだ言葉を、すぐに黒く塗りつぶす。

 ――セキエイは出て行く事情がほしかったのではないか。

 また浮かんだ言葉を、黒く塗りつぶす。


 疑問を持ってしまうと、どうしても心臓が痛くなる。学生時代、他の人たちに嘲笑されていたことを思い出す。

 なんで今。他人にとして扱われていた前の世界から、セキエイだけが僕を想ってくれたんだ。


 心が秋の寒さに変わっていく。

 まだ疑問だ。彼の愛や言葉に行動に、嘘はない。

 髪を染めたのは二人で逃げやすくするためだよね?

 荷物に差があったのは、もしも別れて行動する時の備えだよね?

 いまさら、なにを。

「セキエイ」

 名前を呼んで口づける。寒い。外套はセキエイに掛けてしまっている。

 そして、彼は起きなかった。

 

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