第17話 霧坂詩乃から見た後輩

◆『霧坂詩乃』



 私には一人、可愛い後輩がいる。

 なんと生徒会と文芸部、二つの場所で同じく後輩となってくれた。


 水村穂波くんという名前の男の子。

 生徒会室や部室で私を見ると、いたんですね、と嬉しそうに笑ってくれる。


(これはもう、アプローチされてると言っても過言じゃないね)


 そういうわけじゃない、と突っ込んでくれる人はいない。

 なので私の中ではそういうことにしている。


(まぁ彼は顔に出る子だから、そういうつもりはないんだろうけど……)


 穂波くんは出会った時からとても良い子だった。



 ◆



 今年の春のことだ。

 その時はたまたま私が文芸部で新入生の見学の対応をしていた。

 ただ、やってくる新入生はみんな――私の噂を聞いて見に来た野次馬ばかり。


(……まともな部員がこんなに来ないなんてね)


 私はこの学校の中だと有名人だ。


 ずっと男の子らしいと言われてきた自分の容姿。

 期待に応えようと身に着けた、劇場いる男役のような振る舞い。

 そんなことをして気づいたら学校の中に私のファンクラブができていて、アイドルのように祭り上げられていた。


(別にそれ自体は構わないけど……)


 でも目立てば同時にちょっとした面倒事も起こる。


 今日、部室にやって来た新入生もそう。

 丁度私がいることが広まってしまったみたいで、私を一目見たいとか、あわよくば近寄りたいとか、そういう理由で文芸部にやって来ていた。


 今は、そういう子たちの相手をして帰したところだ。

 一緒に写真を撮ったり、サインをあげると喜んでくれる。


 笑顔で手を振って退室を見送り……そして溜息。


(……別に、嫌いというわけではないけれどね)


 そんな振る舞いにもずいぶん慣れたものだ。

 これはこれで自分には似合っているな、と思っている。


 背は高いし、顔立ちも凛々しい方だし、髪をショートにすると美容師に褒められる。困った時に頼られることも嫌いじゃない。それはそれで嬉しいし、気分はいい。 現に、そういう評判もあって生徒会長になれたわけだから。


 でも……たまに。


 距離が遠いな、と思うことがある。


(詩乃様、とか言われたりもするから)


 周囲から見た私はとても完璧な人で、付け入る隙が無いらしい。


 どこかの剣豪じゃあるまいし、私にだって隙はある。


 でもそこには皆、目を向けない。見ても、見てないように振る舞う。

 『生徒会長は完璧』であってくれた方が、自分の好みには合致するんだろう。

 

(みんな私じゃなくて、理想の生徒会長を見てるんだ)


 それがたまにやるせない気持ちになる。


(もう少し、普通の女の子扱いしてくれてもいいのに)


 そんなことを考えていた時に――またドアが開いた。


「あの、入部希望なんですけど……霧坂先輩、ですか?」


 またか、と思って顔を上げた。

 入部希望と言っている新入生の男の子。


 ……私の名前を知っているということは、さっきの新入生と一緒だろう。


 つまり、私に下心を持った野次馬の子。

 すまなそうな顔を作って伝える。


「……申し訳ないけど、私に会おうとして来たのかな。そうしたらごめんね。お断りさせてもらうことになってるんだ。部長の許可もある」

「え?」

「写真を撮ったりサインはしてあげるけど、それでどうかな」


 大体の新入生は写真やサインで満足して帰ってくれる。

 けど新入生の青年は困惑した顔で首を傾げるだけだった。


「サイン……? えっと、入部届ではなく? あれ? ここってもしかして新入部員募集してないですかね……?」

「ん……?」


 どうも様子がおかしい。


「いや、募集はしているけど……君は私のファンというわけではないの?」

「……ファン? いや、たしかに先輩はお綺麗ですが……」

「じゃあ……名前を知っていたのはどうして?」


 その時点でもう、普通の入部希望の新入生なんだろうなとは思っていた。

 名前を知った理由を聞いたのは、単純に気になっただけだ。

 普通にここへ来た生徒が私の名前を知ってる理由。


 どこかで私を見たのかなと思ったけど、彼は机の上を指さした。


「……ええと、そのノートにお名前が書いてあるので」


 机に置いていたノートには、たしかに私の名前がフルネームで書いてあった。

 今年の新入部員は視力が良い、ということが判明した。



 ◆



 新入部員、水村穂波くんは非常にいい子だった。

 基本的に明るいし礼儀正しいし、顔に色々と出ているのが可愛らしい。

 秋元も大体寝てばかりいるが、彼には好感を持ったようで自分の好きな本を勧めたりしていた。


 そんなある日、穂波くんと小説の話になった。


「先輩はどういう本が好きなんですか?」


 その瞬間は魔が差した、としか言いようがない。


 普段なら適当な文学作品や有名な作品を伝えるのに、正直な声が零れてしまった。


「『完璧JKと隙だらけの犬宮くん』とか……」

「え?」

「……あ」


 『完璧JKと隙だらけの犬宮くん』というのは、ネットで投稿していた漫画が出版社の目に留まって書籍化された、知る人ぞ知るようなマイナーな恋愛作品だ。


 完璧を目指して過ごす女子が、人懐こい後輩男子である犬宮くんに懐かれて、抜けてるけどたまにカッコいい犬宮くんに振り回されながらだんだん惹かれていく話。


 作品自体は素晴らしい。

 素晴らしいけど、普段の私が読んでいる雰囲気の作品ではない。


「あ、それ知ってます。先輩……そういう漫画読むんですね」


 しかもなぜか穂波くんは知る人ぞ知るはずの作品を知ってるらしい。


(……これは少しがっかりさせたかな?)


 周囲が求める『理想の生徒会長』は、王子様のような女性だと私は思っている。


 そんな人が少女漫画を読んでいるのは、少し解釈と違うんじゃないか。


 なんて思っていたけど――彼ははにかみながら言った。


「……なんか、嬉しいですね」

「……え?」

「先輩はあまり恋愛漫画って読まないと思ってたから、読むことを知れて嬉しいっていうのと……、あとそういうのが、なんか」

「……どうしたの?」


 言葉を切られたので続きを促した。


 期待させないでほしい。


 言いづらいことがあるなら、早く言って切り捨ててほしい。


 だけど彼は照れた顔で言った。


「いや……ちょっと可愛いって思っただけで……す、すみません! 不快ですよね! 二度と言わないです!」


 ……あれ?


 思ってたのと違うな。



 ◆



 他にも、気温が低い日に部室でふと腕をさすっていたら、


「……あ、先輩寒いですか? 俺のでよかったら、ジャケット羽織っていいですよ」



 ◆



 他にも。


「あれ先輩、もしかして髪型少し変えました? 似合ってますね!」



 ◆



 他にも。


「先輩、重い荷物は俺持ちますよ。男なんで!」



 ◆



(――女の子扱いされてる!?)


 そんなことないと思いすぎて、すぐに気づけなかった。


 後輩である穂波くんは、私のことをなんでもできる完璧な王子様ではなく、単純に一人の女性として接してくれていた。


 生徒会にやってきてからも同じだ。よく仕事を受け持ってくれて頼もしいし、仕事の理解も早い。なんだか面倒毎に慣れているようで、問題解決の能力も高かった。


(なんて可愛い後輩なんだろう)


 あまりにも理想通りの後輩だった。しかも『カンペキJKと隙だらけの犬宮くん』の犬宮くんにちょっと似ているのもだいぶ私の胸に刺さっていた。


(でも後輩に手を出すのは……)


 そんな、もんもんとした思いを抱え過ごしていたある日。


 ――部室で彼が突然、抱きしめてきた。


(え、ええええ!?)


 表情には出さなかったが、内心、心臓が飛び跳ねていた。


(どどど、どういうこと!?)


 しかし私の中の冷静な部分が、彼の言葉を拾って仮説を立てた。


 『二人きりの時は相手が満足するまでハグ』という言葉。


 どうも何かしらの要因によって、条件付きの行動を取っているらしい。


(一体誰がやったのかはわからないけれど)


 誰もいない部室で穂波くんにハグされるシチュエーションは完璧だった。


 そのに感謝したいくらいの気持ちで、彼とのハグを堪能した。



 ◆



 そして今日。

 昨日と同じハグは無かったけど、の正体が推測できた。


(穂波くんが持っていたぬいぐるみ……)


 彼の好きなアニメのキャラだというぬいぐるみ。

 聞こえていた異音と、触った時の不自然に硬い手触り。


(あれ……中に入ってたね)


 そして、穂波くんの口から出た『幼馴染』という言葉。


(……これは、調べないといけないな)


 私は全校生徒の名簿はある程度覚えている。

 誰がどこの小学校や中学校にいたかも、なんとなく。


(穂波くんと同じ学校だった人はいたかな?)


 スマホを取り出して、とあるグループにメッセージを送る。

 私の名前が入った非公式のファンクラブ。


(ごめんね穂波くん)


 そこに水村穂波くんについての『お願い』を投下する。


 すぐに既読が付いて返事が届く。


 数日以内にはもう知りたいことが判明するだろう。


(でも、そのが危ないことをしているのなら、止めないといけないから)


 生徒会長として、先輩として。


 ただただ純粋に――可愛い後輩を心配してるんだ。


 既に後輩は帰宅した後の部室で、私は緩く笑みを浮かべた。




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