19日目 毒リンゴ『もっと賢くなりたいの』
ニアが目を覚ますと、ゼルがフランを抱いていた。ニアが苛め抜いたフランは一夜のうちにすっかり元通りになって、ゼルの腕の中で微笑んでいた。
「今日は何を望みますか?」
「もっと、頭が良くなりたいの」
「おや、読み書きもできないのに?」
ゼルの小馬鹿にしたような返答を、ニアは聞かなかったことにした。
「だって、私は魔女になるんだからたくさんの人間を従えないといけないわ。そのためにも少しでも利口にならなくちゃ。それに……」
ニアはそこまで言って、下を向いた。
「私、貴方の言う通り字が読めないわ。それに、何にも知らないの。ずっと働かされていたから、外のことも、何にも」
「そうですね。そんな神への祈りの言葉も知らない貴女だから、魔女になる資質があるんですけれどね」
ゼルは笑って、虚空から赤いリンゴを取り出した。
「無知な貴女は知らないでしょう。これは魔法の木の実、エデンの園に成っていると言われている知恵の実です。かつて人間はこれを食べて知恵を得ました。どうして私がこんなものを取り出せるのかって? そんなことはどうでもいいじゃないですか」
ゼルはニアにリンゴを差し出した。
「とても真っ赤で美味しいでしょう? ええ、どうぞ一口齧ってみてください。もっと利口に、もっと世界について理解できるでしょう」
ニアはリンゴを手にした。リンゴは光るほどピカピカに磨き上げられていたが、心なしか少し柔らかい気がした。
「さあ、どうぞ一口」
ゼルに勧められるまま、ニアはリンゴを一口齧った。そして、そのあまりの腐臭と酸っぱさに齧ったものを吐き出そうとした。
「知恵をつけるのに苦痛を伴うのは当たり前です。そのまま飲み込んでください。さあ、一息に」
ニアはゼルに言われるまま、リンゴのかけらを飲み下した。そしてそのまま、ばたりとその場に倒れてしまった。
***
ニアは夢を見ていた。夢の中でニアはリンゴになって、水に浮いていた。すると、上からニアが大きな口を開けてリンゴを齧ろうとしていた。リンゴのニアは大きなニアから逃れようとしたが、無駄なあがきであった。リンゴのニアに鋭い前歯が齧りついた。そうして、ニアは水中から引き上げられていった。
***
ニアが目を覚ますと、ゼルがフランを抱いていた。
『ねえニア、倒れてしまったけど大丈夫?』
「ええ、私は大丈夫よ」
『よかった、私ニアがいないと生きていけないの』
「そうだったのね。ごめんね……」
ニアはフランを受け取り、頬ずりをした。
『ねえニア、私の名前を覚えている?』
「あなたの名前? 人形に名前なんているかしら」
それからニアは今日もフランで遊んだ。嫌がるフランを押さえつけ、裸で何度も水に沈めた。それからぐるぐる巻きにして箱に閉じ込め、爆竹で体をバラバラにしてやった。思いもつかなかった悪いことが後から後から湧いてきて仕方がなかった。明日はどんな悪いことをしよう。とてもワクワクした日であった。
『19日目:終了』
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