18日目 呪いの人形『必要とされたいの』
ニアが目を覚ますと、子供の身体に戻っていた。ノクスも狼男から黒猫の姿に戻り、ニアの隣ですやすやと丸くなっていた。自分の中で何かが変わっていくことをニアは感じていた。
「今日は何を望みますか?」
ゼルが優しく語りかけてきた。
「愛はまやかし、なのよね。それじゃあ、人を満たすものって何?」
「何故そんなことを?」
「私は満たされたいの。みんなから優しくされて、いい気分になって、温かい寝床でお腹いっぱいになって眠りたいの。それって、愛じゃなかったのね」
ゼルは大きく頷いた。
「そうです。そこにお気づきになるというのは、貴女が魔女に近づいている証拠です」
「それじゃあ、私は何を望めばいいの? 満たされないという気持ちがまやかしだったら、私は一体どこへ行けばいいの?」
ニアはゼルからの返答を待った。
「人は何を望めばいいのか……いい質問ですね。空っぽの人形みたいな貴女から、随分と難しい疑問が生まれたものですね」
「私、お人形じゃないもの。魔女だもの」
ニアは上目遣いでゼルを睨んだ。
「まあ、小さな魔女さんですこと。いいでしょう。人が本来望むべきもの、それは常に満たされたいという願望ですよ」
「願望?」
「そうです。満たされては人は生きていけません。常に飢え、更なる欲望に身を任せること。そのために何でもできるという覚悟を持つこと。それが人間本来の美しさです」
ゼルはニアに、人形のフランを放り投げた。ニアは慌ててフランを受け止める。
「その子は貴女が欲しいと望んだお友達。その子を望んだ日、貴女は涙を流して人形を受け入れていた。でも今ではどうですか? フランだけで満足できますか?」
ニアの中を冷たい風が通り抜けたようだった。フランは不安そうにニアを見つめていた。
「そんな、フランは今でも私の大事なお友達だもの。フランがいれば大丈夫よ」
「そうですか。それではフランに尋ねてください。自分が必要かどうかということを」
ニアはゼルの言う通り、フランに尋ねた。
「ねえフラン、私たち、ずっとお友達よね」
『当たり前じゃない。私は、ニアがいればそれでいいわ』
フランは変わらぬ調子で応えた。
「そうよね、私もフランがいれば大丈夫よ」
ニアはフランに頬ずりをした。フランは人形で動けないが、ニアの気持ちを一心に受け止めているようだった。ゼルはフランを抱きしめるニアを見て、ギラギラを目を光らせた。
「それでは久しぶりにおままごとでもしましょうか」
「いいわね。今度は私がお母さんをやるわ」
ゼルが手を振ると、久しぶりにドールハウスが部屋の真ん中に現れた。赤ちゃんの役のフランは、家の真ん中の椅子に置かれていた。
「まあフラン、こんなにご飯をこぼしてしまって、悪い子ね!」
お母さん役のニアはフランを椅子から叩き落とした。
『ああ、お母さんごめんなさい。私、悪い子ね』
「そうよ、フランは悪い子。お仕置きをしなくちゃ」
それから、ニアはフランを浴槽に浸けたり紐で縛ったりお仕置きを加えた。フランが「ごめんなさい」と悲鳴をあげるたび、ニアは満たされる気がしていた。
「ねえゼル。この人形とっても面白いね」
「どうしてですか?」
「私の言うこと、何でもちゃんと聞いてくれる」
ニアは美しく笑った。ニアは何でも言うことを聞いてくれるフランがすっかり好きになっていた。その日、ニアはフランの髪の毛をばっさりと切って顔にいっぱい落書きをした。それでもフランは何も言わなかった。
本当は、フランに「もうやめて」と言ってほしかった。でもフランが絶対そんなことを言わないのをニアはわかっていた。わかっていて、フランをいじめた。満たされるとはこういうことか、と納得した日であった。
『18日目:終了』
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