20日目 墓地『お墓には入りたくないの』
ニアが目を覚ますと、ゼルが黒猫のノクスを抱いて座っていた。ノクスはゼルの腕の中で気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。ゼルはニアに気が付くと、ノクスを床に叩きつけてニアに向き直った。
「今日は何を望みますか?」
「そうね、またテレビが見たいわ。あの木の実のおかげで頭も良くなったみたいだし」
魔女の姿になったニアはノクスを拾い上げながら答えた。ノクスはニアの腕の中で小さく丸くなっていた。
「それではテレビを用意しましょう……今度は何を見たいんですか?」
「うんと怖い映画がいいわ。私、魔女になるんですもの」
ゼルは笑うと、以前のようなテレビのセットを取り出した。ニアはソファにどっかり座ると、ゼルからチョコレートの箱を受け取った。
「ノクス、おススメをお願い」
テレビの上のノクスは少し考えてから、映画を流し始めた。それは死体が復活して、歩き回る映画であった。
「まあ、なんて不気味なんでしょう」
「人は死んだら皆、浅ましくなるってことを伝えたいのだろう」
ニアとゼルは映画を観て感想を述べあった。
「みんな、ああなってしまうの?」
「もちろん、映画は作り物だ。本物の死体が動き回っていたら、あっという間に死肉を食べる者どもが集まってくるだろうさ」
ゼルは映画を非現実的なものと受け止めているようだった。
「そうなの……でも、ああはなりたくないわ」
「死ななきゃいいのさ。人は死ねば皆腐って墓の下、だ。そんなのがうじゃうじゃいるところに、ニアは戻りたいかい?」
「嫌よ。私は魔女になるんだから。お墓になんか入らないわ」
「面白い、流石契約者として見込んだだけはありますね」
ゼルは不敵に笑った。そこで、ニアは疑問に思った。
いつ、どうやってゼルと契約したのか思い出せないのだ。
以前であればゼルが怖くて何も尋ねられなかったが、怖いものがなくなって質問の仕方を覚えた今なら答えに辿り着けそうな気がしていた。
「ねえ、私と貴方はどこで出会ったのかしら」
「いきなりロマンチックな質問ですね。そろそろ自分のことを思い出してきましたか?」
「ううん。どうして貴方は、私の記憶を消してしまったの?」
単刀直入に尋ねられて、ゼルはにやりと笑った。
「そんなの、忘れたほうがいいこともたくさんあるからですよ。ほら、ノクスの映画に注目しましょうか」
いつの間にか死体が歩き回る映画は終わり、女が悪魔と交わって赤ん坊が生まれる映画になっていた。
「ああ、これも作り物ですね。悪魔は人間の赤ん坊なんか望みません。映画として筋はいいですが、本職が見ると現実との差異が気になって楽しめないんですよね」
ニアはゼルとその映画を観た。とても不安になる映画であった。そしてゼルが語った「本職との差異」という言葉もとても気になった。普段この悪魔は一体何をしているのか、ニアは少しゼルを疑った。
「ねえ、本当に私はお墓に入らなくていいの?」
「貴女が望めばいくらでも墓は手配しますが」
ニアは自分の名前がいくつも彫られている墓地を想像した。同じ墓石がたくさん並び、そのどれもが自分の死を象徴していると思うと少しだけ気分が悪くなった。
「……いいわ、間に合っているから」
それからニアはゼルと怖い映画を観続けた。そしてどうせ人間として無個性な墓になるのであれば、魔女としてずっとゼルの側にいたいと強く願った。またひとつ魔女に近づいた日であった。
『20日目:終了』
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