第7話 お弁当

「はあ、疲れたー‥‥‥」


 バイト終わり。ユキはメイド喫茶の休憩室で机に突っ伏してため息をついていた。今日はいつも以上に疲れた。今日は中華デーで、ボディラインが出やすいやけにピタッとしてスリットが入ったチャイナドレスを着せられたのだ。それで、今日は男女ともからねばっこい視線を向けられていつもより疲れてしまったのである。癒しとなる佳織も、今日は非番でいなかったから。


 というか、こんなに頻繁に衣装を変えるとか、もはやメイド喫茶ではなくてただのコスプレ喫茶な気がする。でもまあ仕方ない。ずっとメイド服より色んな衣装を着せていった方が売上がいいということに気づいてしまったのだから。我々は資本主義の奴隷なのだ・・・・・・。


 ユキは、ふーっとため息をつくと、体を起こして余った肉まんを食べた。中華デー限定メニューだ。特に美味くも不味くもない、フラットな味の肉まんだ。


「お疲れー」


「あっ。サクラさん。お疲れ様です」


 と、そこへ同僚メイドのサクラが入ってきた。彼女は大学生で、ユキと同じくこのメイド喫茶でバイトしているちょっと大人のお姉さんである。名は体を表すという感じで、桜色の長髪が美しい。ただ、身長もボディもユキより発育が良くない。マニア受けする感じの大学生バイトメイドだ。


 ユキはサクラに挨拶をした。サクラはユキの正面の席に座る。そして、同じように余った肉まんを手に取って食べ始めた。


 肉まんを食べながら、サクラはユキに話しかける。


「いやー今日は大変だったね、ユキちゃん。色んな人から指名されて‥‥‥さすがはうちの店で一番最強のメイドだね!」


 開口一番、サクラはユキを褒めてくれた。ユキはこの唐突な褒め言葉に恐縮してしまう。


「いやいや、最強なんてそんな‥‥‥お‥‥‥私なんてまだまだですよ。実際、メイドの技術とかそういうのはサクラさんや他の方々の方が上ですし‥‥‥」


「いやいや、そんなことないって! 私はユキちゃんが一番最強のかわいいメイドさんだと思うな!」


「あ、あははは‥‥‥ありがとうございます。その評価に見合うようこれからも精進したいと思います」


 サクラは、時々こうやってユキのことをたくさん褒めてくれる。今日もそうだ。ユキはいつも、それを自分には過分な褒め言葉だと思っていた。それに元男のユキがかわいいと褒めらても少し微妙だ。けど、それでも人が褒めてくれるのはやっぱり嬉しい。ユキは苦笑しつつも、その褒め言葉を素直に受け取っていた。


 ユキとサクラはそれからしばらく、モシュモシュと肉まんを食べながら雑談した。


 しばらくそうやって雑談してから、ユキはサクラにこう切り出した。


「あの‥‥‥サクラさん、実はちょっと相談があるんですけど‥‥‥」


「お、相談? いいよ。私でよければ、どんな相談にでも乗るよ」


 相談と聞いて、サクラは姿勢を正すと肉まんを一旦置いてから、ユキのことを見て言った。


「ささ、遠慮せず話してほしいな」


「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく‥‥‥」


 ユキはそういうとサクラに話し始めた。


 ユキの相談というのは、恋愛相談であった。好きな人がいるんだけどその人にどんなアプローチをしたら効果的なのか悩んでいる、というのがユキの相談の内容だった。ユキは、佳織のことはうまくぼやかしつつもその人柄を大体伝えて、どうしたらいいかと相談したのだった。


「なるほどね。恋愛のアドバイスが欲しいってことだ」


「そうそう、そういうことなんです。いやあ、部活の先輩とか姉とかにも聞いてみたんですけど、詩を贈ったらいいとか、ちょっとえっちな自撮りを送ってみたらいいとか、変なアドバイスばっかりされて‥‥‥」


「あはははっ。そっかそっか。いいね。ユキちゃんの周りには面白い人がいっぱいるみたいだね」


「アドバイスを面白くされても困るんですよ‥‥‥とまあ、そういうことなんで、サクラさんにもアドバイスをいただけたらなあと‥‥‥」


「なるほどね。アドバイス‥‥‥かわいい同僚の頼みだし、ちゃんと応えてあげたいんだけど‥‥‥でも、私そんなに恋愛経験豊富じゃないからなあ。ちゃんと実のあるアドバイスを出来るかどうか‥‥‥うーん‥‥‥」


 サクラはんー‥‥‥と少し悩んでからユキに向かって


「そうだなあ、お弁当を作ってみる、っていうのはどうかな?」


 と提案した。


「お弁当‥‥‥ですか」


「うん。あーでも、こんなのそんな大したアドバイスじゃないね。誰でも思いつくことだし‥‥‥やっぱりあんまり実のあるアドバイスは出来そうにないね」


 サクラは自分のしたアドバイスにあまり納得がいかなかったみたいで、ちょっと難しい顔をしてそう言ったが、ユキはそれを否定して言った。


「いやいや! すごく参考になりますよ! そっか、お弁当‥‥‥お弁当、いいですね! 早速今度試してみようと思います!」


「そう? それなら良かった」


 サクラはほっとしたように笑った。


 実際、ユキはこのアドバイスをお世辞でもなんでもなく、サクラの提案はけっこう参考になると思っていた。お弁当を作ってくるというのは、ユキの頭の中にない発想だったからである。それに、シンプルながらも効果的ないい作戦という感じもする。ユキは姉に料理を教えてもらって、佳織のためにお弁当を作ってみようと決めた。


 と、ユキがいいアイデアを得られたとニコニコしていると、同じく満足げな笑顔でユキのことを眺めていたサクラがこう言ってきた。


「というかさ、ユキちゃんのその好きな人って最近新しく入ってきた佳織ちゃんのことだよね?」


「‥‥‥へっ!?」


 ユキはもちろん、自分の好きな人が佳織だとは言っていない。話にも特定されそうな情報は出さなかったはずだ。


「けっこうわかりやすいよお、ユキちゃん。佳織ちゃんと一緒になった時はいっつも目で追ってるし、ことあるごとに佳織ちゃんの仕事を手伝おうとするし‥‥‥。だから、多分佳織ちゃんのことが好きなんだろうなーって」


「そ、そうでしたか‥‥‥」


 やばい。めちゃくちゃに恥ずかしい。


 顔を真っ赤にさせて俯くユキを、サクラはにこにこしながら眺める。


「いいねー。そういうのが見たくて、私はこのバイトを始めたんだよ」


「はい?」


「私がこのバイトを始めたのはね、女の子同士のこういう初々しい感じの恋愛が見たいからなんだよ」


「ええ‥‥‥?」


「実は、私は百合が大好物でね。たまらなく好きなんだよ、百合が‥‥‥」


「そ、そうなんですか‥‥‥」


 同僚のメイドが唐突に自分の趣味を暴露してきて、ユキはとても困惑した。どうやらサクラは女の子同士の恋愛、いわゆる『百合』というやつが大好物だったらしい。突然こんなことを言われて、どんな顔をすればいいんだろう‥‥‥。


 というか、ユキは元男だし(サクラはユキが男だということを知らない)、これがサクラの言う『百合』の範疇に入るのかどうか‥‥‥。


 ‥‥‥まあいいか。とりあえずサクラの趣味のことは置いといて、ユキは佳織のためにお弁当を作ることにしたのであった。


 ◇


 で、ユキは姉に教わってどうにかこうにかお弁当を作ってはきたものの‥‥‥


「やばい‥‥‥めちゃくちゃに緊張する!!」


 よくよく考えてみれば、好きな人に手作りお弁当を作って渡すなんていうのはかなりハードルが高い。


「やばいやばいやばい! なんで気づかなかったんだ俺!」


 渡す上での心理的ハードルのところが完全に抜け落ちてしまっていた。


 そういうことでお昼休み、自分の席でユキが1人ぐおおおおと唸っていると、不意に声をかけられた。


「あれ? 山本くん、どうしたの?」


 顔を上げると、タイムリーなことに佳織がいた。声をかけてきたのは佳織であったらしい。佳織は、心配そうな顔をして話しかけてくる。


「ひょっとして、どこか具合とか悪かったりする?もし体調が悪いなら、保健室まで付き添うけど‥‥‥」


「あっ、い、いや! 別に大丈夫だよ! えと、ちょっと眠かっただけで‥‥‥元気いっぱい絶好調だよ!」


「そう? ふふ、それなら良かった」


 ユキの返答を聞き、佳織は安心したように笑うと、


「ね、それならさ、もし良かったら一緒にお昼食べない?」


 なんと、佳織の方からお昼に誘ってくれた。


 先を越されてしまった。お弁当を渡したあと、自分から佳織をお昼に誘おうと思っていたユキは少し情けなさを感じつつも、この機会を逃す手はないと慌てて立ち上がると


「あ、そ、それなら実は‥‥‥!」


 ユキはカバンからお弁当を取り出すと、好きな人にお弁当を渡す乙女そのものといった雰囲気で、顔を真っ赤にしながら


「じ、実はお弁当が一つ余ってて‥‥‥良かったら、食べてくれないかな?」


 そう言って、佳織にお弁当を手渡した。


「え、えと、実は、たまにはってことで母さんの代わりに俺がお弁当を作ったんだけど、当日になった姉さんが急にいらないって言い出して‥‥‥それで一つ余っちゃったんだ。えと‥‥‥確か、白河さん、いつも購買のパンで済ませてたよね?だから、たまにはお弁当とか食べてみたらどうかな〜と思って‥‥‥」


 ユキの言葉がだんだん尻すぼみになっていく。勇気を出して渡してみたはいいものの、だんだんと不安になってきた。


 けどその不安を掻き消すように、佳織はぱあっと明るい笑顔でユキのお弁当を受け取ってくれた。


「わあ、いいの!? ありがとう! ちょうど購買のパンにマンネリ化してたとこだったんだよ!」


「ほんと? なら良かった‥‥‥えっと、ほんとにもしよければでいいんだけど‥‥‥」


「全然いいよ! こっちこそ、ほんとにもらっちゃってもいいの?」


「うん、いいよ。むしろもらって欲しいくらいだし‥‥‥」


「そっか! なら、ありがたくいただくね!」


 どうやら、もらってくれそうだ。ユキはひとまずはほっと胸を撫で下ろす。


「よし、早速食べに行こ! 早くしないとお昼休み終わっちゃう!」


「う、うん!」


 ユキと佳織は2人でお昼を食べに、屋上へ行くことにした。


 ‥‥‥


 屋上にはうユキと佳織以外誰もいないようだった。最近少し寒くなってきたからかもしれない。ユキと佳織にとっても少し肌寒いが、静かなのはいい。寒さには目を瞑ってそこでご飯を食べることにした。


「わあ‥‥‥!」


 ユキから渡されたお弁当を開けて、佳織は目を輝かせた。卵焼きにタコさんウインナーなど、シンプルながらも美味しそうなおかずたちが並んでいる。


「えと‥‥‥さして珍しもないごく普通のお弁当で申し訳ないけど‥‥‥」


「いやいや、こういう普通のやつの方がいいんだよ! お弁当にはこういうのが一番いいんだから!」


「そ、そう?」


 佳織は目を輝かせながらお弁当に目を落とす。すると、佳織はあるものを見つけた。


「あれ? これって‥‥‥?」


「あっ、えーっと‥‥‥」


 佳織が見つけたもの。それはたこ焼きであった。


「あ、えと! それは姉さんが急に夕飯にたこ焼きが食べたいとか言い出して‥‥‥それで、昨日たこ焼きを焼かされたんだけど、それが余っちゃったからお弁当に入れてみたんだ‥‥‥」


 これはもちろん嘘だ。佳織がたこ焼きが好きだから、喜んでもらえるようにわざわざ家庭用たこ焼き器で作って入れたのだ。ただ、ユキはたこ焼きを作るのなんて初めてだったので、はちゃめちゃに苦戦して、昨日の夜は焦げたたこ焼きやら崩れたたこ焼きやらでお腹がパンパンになってしまったのである。


 そんな苦労をしつつも、ようやく出来た、いい感じの焼き色で形の整ったたこ焼きを一つ佳織用のお弁当に入れたのである。


「あっ、えーっと‥‥‥でも白河さんは色んなお店のたこ焼きとか食べてるよね。俺のたこ焼きはやっぱり下手だし、あんまり美味しくないから別に残しちゃっても‥‥‥」


「ううん、残さないよ。せっかく作ってくれたんだし。それに、こういう手作りのたこ焼きもまた違った良さがあるものなんだよ!」


 佳織はそう言ってそのたこ焼きを食べた。そしてぺかっと笑って


「うん、すっごく美味しい!」


 そう言ってくれた。


「そっか、良かった‥‥‥!」


 佳織は他のおかずも美味しいと言ってくれ、喜んで食べてくれた。好きな人が自分の作ったお弁当を喜んで食べてくれる‥‥‥それがこんなに嬉しいものだなんて、ユキは初めて知った。それを知れたのが嬉しかった。


 そして、今まで感じていた不安は全て消し飛んでユキは心の底からほっとすると、自分のお弁当を食べ始めるのだった。


 ◇


「いやー、昨日はお弁当美味しく食べてくれてほんとに良かったなあ‥‥‥」


 ユキは登校しながらそう呟いていた。いまだに、なんか足元がふわふわしてる感じがする。お弁当を喜んで食べてくれた嬉しさをまだ噛み締めているのだ。今後一週間はこの嬉しさだけでやっていけそうな気がする。


 と、ふとユキはあることに気がついて立ち止まった。


「あれ待てよ? 好きな人が褒めてくれた髪型をひたすらにこすって、好きな人のためにお弁当を作って‥‥‥なんか最近の俺、ヒロイン化してないか?」


 最近ヒロイン化してる気がする。道端に立ち止まってその疑問について考えていると、不意に後ろから声をかけられた。


「あっ、山本くんだ! おはよー」


 振り返ると、そこには佳織がいた。朝一番に好きな人に挨拶される。心臓が止まりそうになった。


「はっ、あっ‥‥‥あ、白河さん、おはよう」


「いやー、最近寒くなってきたね。朝布団から出るのが辛くなってきたよー。‥‥‥と、そうだ。せっかく会ったんだから‥‥‥はいこれ。先に渡しちゃおうかな」


 佳織はそういうとカバンに手を入れる。そして、あるものをカバンから取り出してユキに渡してきた。


「これは‥‥‥」


「お弁当! 昨日のお礼にと思って作ってきたんだ!」


「はっ‥‥‥えっ?」


 青天の霹靂であった。


 その後、色々あってユキは佳織とお弁当の交換こをすることになった。


 そして、この後も時々ユキと佳織はお弁当を作ってきて、お弁当の交換こをするようになるのである。


 そのことをサクラに話したらよだれを垂らすほど喜んでいてドン引きしたという、お話。

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一般TS系恋愛譚〜一般TS男子高校生だけど、変わらず好きな人と仲良くなりたいと思います〜 大崎 狂花 @tmtk012

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