隣の席のギャルが俺に構いたがる理由

風見莉乃

隣の席のギャルが俺に構いたがる理由

# 隣の席のギャルが俺に構いたがる理由


## プロローグ


俺の名前は柏木遼。どこにでもいる普通の高校二年生だ。


いや、正確には「普通」ではないかもしれない。クラスメイトからは「オタク」の烙印を押されている。別に隠しているわけじゃないし、恥じているわけでもない。ただ、深夜アニメを見て、ライトノベルを読んで、休日は秋葉原でフィギュアを物色する。それだけの話だ。


成績は中の上。運動神経は中の下。容姿は……まあ、鏡を見れば分かる。黒縁メガネに無造作な黒髪、細身で猫背気味。モテる要素はどこにもない。


だから俺は学校では目立たないように、静かに過ごしてきた。友人は同じくオタク趣味の田中と山本の二人。昼休みは三人で教室の隅でアニメの話をして、放課後は図書室か帰宅。そんな平穏な日々を送っていた。


二学期が始まったあの日までは。


## 第一章 運命の席替え


「はーい、みんな集合ー! 今日は待ちに待った席替えだよー!」


担任の若林先生が朝のホームルームで明るく宣言した。クラス中から歓声と悲鳴が入り混じる。


席替え。それは高校生活における一大イベントだ。誰がどこに座るかで、今後の学校生活の快適度が大きく変わる。


俺としては、できれば窓際の後ろの方がいい。目立たず、授業中も外を眺めてぼーっとできる最高の席だ。


「今回はくじ引きで決めまーす! 番号札を引いて、その番号の席に座ってね!」


くじ引き。つまり完全に運次第か。俺は心の中で祈る。


「頼む、後ろの方を……できれば端っこを……」


自分の番が来て、箱の中に手を入れる。紙片を一枚引いて、開く。


『17番』


教室の座席表を思い浮かべる。17番は……中央やや前方。しかも廊下側。


「うーん、微妙だな」


理想からは程遠いが、最前列じゃないだけマシか。俺はため息をつきながら17番の席に向かった。


荷物を置いて座る。左隣はまだ空席。右隣には真面目そうな女子、前には寝坊常習犯の男子。まあ、悪くない配置かもしれない。


「ねえねえ、ちょっといい?」


突然、背後から声をかけられた。振り向くと、そこには――


「あたし、18番だったんだけど、どこだか分かる?」


白いブロンドの髪に、メイクバッチリの顔。制服のスカートは校則ギリギリの短さで、ブレザーの下のシャツは第一ボタンが開いている。ネイルはキラキラと輝き、耳にはいくつものピアス。


星崎美咲。クラスでも、いや学年でも一、二を争う有名人だ。


理由は簡単。彼女は「ギャル」だからだ。


この進学校において、彼女のような存在は異質極まりない。本来なら校則違反で指導対象なはずだが、なぜか彼女は先生たちからも黙認されている。理由は成績がトップクラスだからだという噂だ。


「え、ああ……18番は、そこ」


俺は自分の左隣の席を指差す。


「あ、マジ? やったー! ありがと!」


星崎さんは満面の笑みで、俺の隣の席に座った。


え、ちょっと待て。


俺の隣に、あの星崎美咲が?


「よろしくね、えーっと……」


「か、柏木遼です」


「かしわぎ君ね! あたし星崎美咲! まあ、知ってると思うけど! これから半年間、よろしくー!」


彼女は無邪気に笑う。俺は硬直したまま、小さく頷くしかできなかった。


## 第二章 距離感ゼロのギャル


席替えから一週間。俺の学校生活は激変した。


「ねえねえ、柏木君! 昨日のアニメ見た?」


朝、教室に入ると星崎さんが話しかけてくる。


「え? どのアニメ?」


「『異世界転生したら最強魔法使いでした』ってやつ! 昨日の第7話、めっちゃ面白くなかった!?」


俺は目を丸くする。あのアニメは深夜2時からの放送で、しかもかなりマニアックな作品だ。


「見て……ます、けど」


「でしょ? あたしも見てるんだよね! 主人公のリゼルがさ、最後に覚醒するシーン、鳥肌立った!」


「あ、ああ……あのシーンは作画も気合入ってましたね」


「分かる! 作画神ってたよね! あのスタジオ、前作の『魔王学園の日常』も手掛けてて、安定感あるんだよね」


え、この人、かなりディープなオタクなのでは?


休み時間になると、星崎さんは俺の机に肘をついて話しかけてくる。


「ねえ、柏木君ってさ、ラノベ読む?」


「読みますけど……」


「あたし、先月発売された『竜騎士と契約した令嬢は破滅フラグを回避します』読んだんだけど、続きが気になりすぎてヤバい! 次巻いつ出るか知ってる?」


「来月の15日発売予定ですね」


「マジ!? やったー! 絶対買う! あ、柏木君も買う? 買ったら感想語り合おうよ!」


距離が近い。物理的にも精神的にも。


クラスメイトたちは、俺と星崎さんのやり取りをチラチラと見ている。特に男子たちの視線が痛い。


昼休み、いつものように田中と山本と教室の隅で話していると、星崎さんがやってきた。


「ねえねえ、あたしも混ぜてー!」


「え、あ、はい……?」


田中と山本も呆然としている。学年一のギャルが、俺たちオタクグループに混ざろうとしている。


「あたし、お弁当持ってきたんだけど、一人で食べるの寂しいんだよね。柏木君たち、一緒に食べてもいい?」


「え、ええと……」


「いいですよ!」


田中が即答した。お前、目が輝きすぎだろ。


「やったー! じゃあ、お邪魔しまーす!」


星崎さんは俺の隣に椅子を持ってきて座る。お弁当箱を開けると、色とりどりのおかずが詰まっている。


「すごいですね、自分で作ったんですか?」


山本が尋ねる。


「うん! 料理好きなんだよね。お弁当作るの楽しいし!」


意外だった。彼女は外見こそギャルだが、家庭的な一面もあるらしい。


「そういえば星崎さん、なんで柏木に絡んでるんですか?」


田中がストレートに聞く。俺も知りたかった質問だ。


「んー、だってさ、柏木君と話すの楽しいんだもん! アニメとかラノベの話できる子、クラスにいないんだよね」


「え、星崎さんってそういう趣味あったんですか?」


「うん! 中学の時からずっとオタクだよ! でも、あんまり周りには言ってないの。ギャルでオタクって、なんか受け入れられにくいじゃん?」


確かに、ギャルとオタクは正反対のイメージがある。


「でも、柏木君は同じ趣味持ってるし、話しやすいんだよね。だから席が隣になって、めっちゃラッキーだったんだー!」


星崎さんは満面の笑みでそう言った。


## 第三章 変化する日常


星崎さんとの距離が縮まるにつれて、俺の学校生活も変わっていった。


まず、周囲の視線が変わった。特に男子生徒たちからの。


「柏木、お前何やったんだよ」


「星崎さんと仲良すぎだろ」


「羨ましすぎる」


そんな声が聞こえてくる。俺は何もしていない。ただ隣の席になっただけだ。


一方で、星崎さんの友人たちからも不思議そうな視線を向けられる。ギャル仲間の彼女たちは、星崎さんが俺と親しくしているのが理解できないようだ。


「美咲ー、最近柏木君と仲良いよね?」


ある日、星崎さんの友人の一人、桜井さんが尋ねた。


「うん! 柏木君、話してて楽しいんだよね!」


「へー、意外。美咲、ああいうタイプ苦手だと思ってた」


「そんなことないよ? 柏木君、優しいし、話も面白いし」


俺は話を聞かれているのが気まずくて、机に突っ伏す。


放課後、図書室で勉強していると、星崎さんがやってきた。


「柏木君、ここにいたんだ! 探したよ!」


「星崎さん? どうしたんですか?」


「数学の宿題、分かんないところがあってさ。教えてくれない?」


「ああ、いいですよ」


俺たちは並んで座り、数学の問題を解く。星崎さんは意外にも真面目に勉強する。ギャルだからといって、勉強ができないわけではないらしい。


「あー、そういうことか! 分かった! ありがと、柏木君!」


「いえ……」


「柏木君って、教えるの上手いよね。塾の先生より分かりやすいかも」


「そんなことないですよ」


「ほんとだって! あ、そうだ。今度の休日、秋葉原行かない?」


「え?」


突然の提案に、俺は固まる。


「秋葉原? なんでですか?」


「だって、柏木君いつも秋葉原行くって言ってたじゃん? あたしも行ってみたいなって思って。案内してよ!」


「で、でも……星崎さん、そういう場所興味あるんですか?」


「あるよ! フィギュアとか見たいし、アニメグッズのお店も行きたい! あ、メイド喫茶も気になる!」


彼女の目は本気だ。


「わ、分かりました……じゃあ、今度の日曜日とかどうですか?」


「やったー! 決まり!」


こうして、俺は星崎美咲と初めて二人で遊びに行く約束をした。


## 第四章 秋葉原デート


日曜日、秋葉原駅の改札前で待ち合わせ。


俺はいつもの私服、黒のパーカーにジーンズという地味な格好で到着した。時刻は午前10時。約束の時間ちょうどだ。


「柏木君ー!」


明るい声が聞こえて、振り向く。


そこには――普段とはまた違う雰囲気の星崎さんがいた。


白いブロンドの髪はポニーテールにまとめられ、薄めのメイク。白いブラウスにデニムのショートパンツ、スニーカー。カジュアルだけど、どこか可愛らしい格好だ。


「おはよー! 待った?」


「い、いえ、今来たところです」


「よかった! じゃあ、早速行こ! 案内よろしくね!」


星崎さんは笑顔で俺の腕を掴む。


「ちょ、ちょっと」


「ん? どうかした?」


「腕、掴まないでください……周りの目が……」


実際、周囲の人たちが俺たちを見ている。オタクっぽい男と可愛い女の子という組み合わせが珍しいのだろう。


「えー、別にいいじゃん! 迷子になったら困るし!」


「迷子って……」


結局、彼女の勢いに押されて、俺たちは秋葉原の街へと繰り出した。


最初に向かったのはアニメグッズショップ。


「わー、すごい! こんなにいっぱいグッズがあるんだ!」


星崎さんは目を輝かせている。


「あ、これ! 『異世界転生したら最強魔法使いでした』のリゼルのフィギュア! 欲しい!」


「これ、限定版ですね。造形もいいし、おすすめですよ」


「マジ? じゃあ買う! 柏木君、他にもおすすめある?」


俺は店内を案内しながら、いくつかのグッズを紹介する。星崎さんは興味津々で、次々と商品を手に取っていく。


「柏木君、詳しいね! やっぱり案内頼んで正解だった!」


「まあ、毎週来てますから……」


次に向かったのはフィギュアショップ。


「うわー、これすごい! この戦闘シーンのジオラマ、めっちゃカッコいい!」


「これは某ロボットアニメの名シーンを再現したやつですね。限定生産で、かなり高額ですけど」


「へー、こういうのってどれくらいするの?」


「これは……30万円ですね」


「ひえー! でも、確かにこのクオリティなら納得かも」


彼女は純粋にフィギュアやグッズを楽しんでいる。ギャルだからとか、そういうのは関係なく、ただのオタクとして。


昼食は、星崎さんのリクエストでメイド喫茶へ。


「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」


メイドさんの挨拶に、星崎さんは目を丸くする。


「すごい! 本物のメイドさんだ!」


「星崎さん、初めてですか?」


「うん! テレビでは見たことあったけど、実際に来たのは初めて!」


俺たちはテーブルに案内され、メニューを見る。


「これ、オムライスにメッセージ描いてくれるの? じゃあ、これにする!」


星崎さんは楽しそうにオーダーする。俺も同じものを頼んだ。


料理が運ばれてくると、メイドさんが「美味しくな〜れ♡」とおまじないをかける。星崎さんは笑顔で一緒に手を振っている。


「柏木君、これ普通に美味しいね! もっと変な味かと思ってた!」


「ちゃんとした飲食店ですからね」


食事をしながら、俺たちは色々な話をした。学校のこと、趣味のこと、将来のこと。


「ねえ、柏木君は将来何になりたいの?」


「え? 俺ですか? うーん……まだはっきりとは決めてないですけど、アニメとかゲームに関わる仕事ができたらいいなって」


「へー、いいじゃん! 柏木君ならできそう!」


「星崎さんは?」


「あたし? あたしはね……美容関係の仕事に就きたいんだよね。ヘアメイクとか、ファッション関係」


「意外ですね」


「そう? あたし、可愛くなることが好きなんだよね。メイクもファッションも。だから、それを仕事にできたらいいなって」


彼女の目は真剣だった。


## 第五章 誤解と本音


秋葉原から帰った翌日、学校は騒然としていた。


「柏木、お前昨日星崎さんとデートしてたって本当?」


「誰かが見てたらしいぞ」


「羨ましすぎる」


クラスメイトたちが俺を囲む。


「デートじゃないですよ。ただ秋葉原を案内しただけで……」


「いや、それデートだから」


田中がツッコむ。


「で、どうだった? 進展あった?」


「進展って……何もないですよ」


「本当にー?」


山本がニヤニヤしながら尋ねる。


その時、教室のドアが開いて星崎さんが入ってきた。


「おはよー、柏木君!」


「あ、おはようございます」


星崎さんは俺の隣の席に座る。


「昨日は楽しかった! ありがとね!」


「い、いえ……」


周囲の視線がさらに集まる。特に女子生徒たちの視線が痛い。


休み時間、星崎さんの友人たちが彼女を囲む。


「美咲、柏木君とデートしたって本当?」


「うん! 秋葉原行ってきたよ!」


「へー、楽しかった?」


「めっちゃ楽しかった! 柏木君、案内上手だし、話も面白いし!」


「美咲、もしかして柏木君のこと好きなの?」


桜井さんの質問に、教室が静まる。俺も耳をそばだてる。


「え? どうなんだろ……自分でもよく分かんない」


星崎さんは少し困ったように笑う。


「でも、柏木君といると楽しいし、もっと一緒にいたいって思う。これって、好きってこと?」


「それ、完全に好きだよ」


桜井さんが断言する。


「そうなんだ……あたし、柏木君のこと好きなのかも」


星崎さんの言葉に、教室がざわつく。俺は心臓が爆発しそうだった。


その日の放課後、俺は図書室に逃げ込んだ。


星崎美咲が俺を好き?


そんなはずない。彼女は学年一のギャルで、俺は地味なオタク。接点があったのは席が隣になったからで、それ以上の意味はないはずだ。


でも、彼女の言葉は本気に聞こえた。


「柏木君、ここにいたんだ」


振り返ると、星崎さんが立っていた。


「探したよ。ねえ、今日なんで避けてたの?」


「避けてたわけじゃ……」


「嘘。明らかに避けてた」


星崎さんは俺の正面に座る。


「あのね、柏木君。あたし、今日友達に言われて初めて気づいたの。あたし、柏木君のことが好きみたい」


「え……」


「最初はただ、趣味が合う人が隣になって嬉しいって思ってた。でも、もっと柏木君と話したいって思うようになって、柏木君のことをもっと知りたいって思うようになって」


星崎さんは真剣な目で俺を見つめる。


「これって、好きってことだよね?」


俺は言葉が出なかった。


「柏木君は……あたしのこと、どう思ってる?」


## 第六章 それぞれの想い


星崎さんの質問に、俺は答えられなかった。


どう思ってる?


正直に言えば、最初は戸惑っていた。突然ギャルに話しかけられて、距離を縮められて、どう接していいか分からなかった。


でも、彼女と話していくうちに、彼女が外見だけのギャルじゃないことが分かった。


アニメやライトノベルについて熱く語る彼女。真剣に勉強する彼女。料理が好きだと話す彼女。自分の夢を語る彼女。


どの彼女も、本当の星崎美咲だった。


そして、俺は彼女と話すのが楽しかった。もっと一緒にいたいと思った。


これは、もしかして――


「俺も……星崎さんのことが好きです」


自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出た。


星崎さんの目が大きく見開かれる。


「本当?」


「本当です。最初は戸惑ってました。なんでギャルの星崎さんが俺なんかに構うんだろうって。でも、一緒にいるうちに、星崎さんと話すのが楽しくて、もっと一緒にいたいって思うようになって」


「柏木君……」


「星崎さんは外見は派手だけど、中身は真面目で優しくて、趣味も合って……そんな星崎さんが、俺は好きです」


星崎さんの目に涙が浮かぶ。


「よかった……あたし、もしかしたら柏木君に迷惑だったんじゃないかって不安だったの。急に話しかけたり、秋葉原に誘ったり。柏木君、困ってるんじゃないかって」


「困ってませんよ。むしろ嬉しかったです」


「ほんと?」


「本当です」


星崎さんは涙を拭いて、笑顔になる。


「じゃあ、あたしと付き合ってくれる?」


「はい」


俺たちは図書室で、静かに笑い合った。


## 第七章 新しい関係


星崎さん――いや、美咲と付き合うようになって、俺の学校生活はさらに変化した。


朝、教室に入ると、美咲が笑顔で迎えてくれる。


「おはよ、遼!」


名前呼びになった。最初は恥ずかしかったけど、今では慣れた。


「おはよう、美咲」


隣の席に座ると、美咲が俺の机に肘をつく。


「ねえねえ、昨日の深夜アニメ見た?」


「見たよ。あの展開は予想外だった」


「だよね! あたしも驚いた!」


休み時間は二人でアニメやラノベの話をする。周囲の視線は相変わらずだけど、もう気にならなくなった。


昼休み、田中と山本も一緒に昼食を食べる。


「柏木、お前本当に星崎さんと付き合ってるのか?」


田中が未だに信じられないという顔で尋ねる。


「付き合ってるよ」


「すげえな……俺たちの青春、どこで差がついたんだろ」


「席替えの運だよ」


山本が肩を落とす。


「でも、お前が幸せそうで良かったよ」


「ありがとう」


美咲の友人たちも、俺たちの関係を受け入れてくれた。


「美咲、最近めっちゃ楽しそうだよね」


桜井さんが言う。


「うん! 遼といると楽しいんだよね!」


「へー、いいなあ。あたしも彼氏欲しい」


「桜井も素敵な人見つかるよ!」


女子グループの会話に混ざるのは今でも緊張するけど、美咲が隣にいてくれるから大丈夫だ。


放課後、俺と美咲は一緒に帰る。


「ねえ、今度の休日、また秋葉原行かない?」


「いいよ。今度は新しくできたアニメカフェに行ってみたいんだけど」


「いいね! 行こ行こ!」


電車の中、美咲は俺の腕に抱きつく。


「美咲、周りの目が……」


「えー、恋人同士なんだからいいじゃん」


「それはそうだけど……」


美咲は笑いながら、さらに俺に寄りかかる。


「遼って、シャイだよね」


「そういう美咲は積極的すぎる」


「だって、好きな人には積極的になっちゃうんだもん」


電車が揺れて、美咲がさらに俺に密着する。俺の心臓は破裂しそうだ。


「ねえ、遼」


「なに?」


「あたしと付き合ってくれて、ありがとう」


「なんでお礼を言うの?」


「だって、あたしギャルだから。遼みたいな真面目なオタク君とは合わないって思われてたと思うし」


「でも、美咲もオタクじゃん」


「そうだけど……外見が派手だから、誤解されやすいの。前の彼氏にも、『お前ギャルのくせにアニメ見るの?』って言われて、結局別れちゃったし」


美咲の表情が少し曇る。


「でも、遼は違った。あたしの趣味を否定しないし、一緒に楽しんでくれる。そういうところが嬉しかったの」


俺は美咲の手を握る。


「俺も同じだよ。美咲は見た目がギャルだけど、中身は真面目で優しくて、趣味も合う。そんな美咲と出会えて、俺も嬉しい」


「遼……」


美咲は幸せそうに笑う。


## 第八章 文化祭


秋も深まり、文化祭の季節がやってきた。


俺たちのクラスは「メイド&執事カフェ」をやることになった。


「遼、執事服似合いそう!」


美咲が楽しそうに言う。


「俺が? 無理だろ」


「そんなことないよ! 絶対似合う!」


クラスメイトたちも賛成する。結局、俺は執事役をやることになった。


一方、美咲はメイド役。


「美咲がメイドって、絶対可愛いよね」


女子たちが盛り上がっている。


「えー、恥ずかしいんだけど」


「美咲なら絶対似合うって! それに、柏木君も喜ぶでしょ?」


桜井さんにからかわれて、美咲は顔を赤くする。


文化祭当日。


俺は執事服に着替えて、鏡を見る。


「……意外と似合ってるかも」


黒いスーツに蝶ネクタイ、白い手袋。いつもの黒縁メガネも、なんだか執事っぽく見える。


「遼! 準備できた?」


美咲の声が聞こえて、振り返る。


そこには――メイド服を着た美咲がいた。


白と黒のクラシックなメイド服。白いエプロン、レースのカチューシャ。いつもの派手なメイクは控えめにして、ナチュラルな雰囲気。


「どう? 似合ってる?」


「あ、ああ……すごく似合ってる」


美咲は照れくさそうに笑う。


「遼の執事服も素敵だよ。普段と雰囲気違う」


「そう?」


「うん。なんかカッコいい」


お互いに照れながら、カフェの準備を始める。


カフェがオープンすると、予想以上のお客さんが来た。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


俺は執事として、丁寧に接客する。最初は恥ずかしかったけど、役になりきると意外と楽しい。


「遼君、めっちゃ執事っぽい!」


他のクラスの女子たちが写真を撮りに来る。


一方、美咲のメイド姿は大人気だった。


「星崎さん、可愛い!」


「写真撮ってもいいですか?」


男子生徒たちが殺到する。俺は少し複雑な気分だ。


昼休み、俺と美咲は少し休憩することにした。


「疲れたー」


美咲は椅子に座って、ため息をつく。


「人気者は大変だな」


「遼も人気だったじゃん。女子たちに囲まれてたし」


「あれは執事服のおかげだよ」


「そんなことないよ。遼、カッコよかった」


美咲は俺の隣に座る。


「ねえ、あとでクラスのみんなで打ち上げするんだって。遼も来るよね?」


「もちろん」


「やった! じゃあ、今日は一日楽しもうね!」


美咲は笑顔で俺の手を握る。


文化祭の夜、クラスのみんなで打ち上げをした。


「お疲れ様ー!」


「今日は大成功だったね!」


教室で飲み物とお菓子を囲んで、みんなで盛り上がる。


「柏木、お前の執事姿、マジでカッコよかったぞ」


田中が言う。


「そうそう、普段とギャップがあって良かった」


山本も同意する。


「星崎さんのメイド姿も可愛かったです!」


女子たちが美咲を囲む。


「ありがとう! でも恥ずかしかった」


「全然そんな風に見えなかったよ!」


みんなで笑い合う。


ふと、窓の外を見ると、花火が上がっていた。


「花火だ!」


「屋上行こうよ!」


クラスメイトたちが屋上へ向かう。俺と美咲も一緒に屋上へ。


屋上からは、街の夜景と花火が見える。


「綺麗だね」


美咲が隣で呟く。


「そうだね」


花火の光が美咲を照らす。メイド服の美咲は、いつもとは違う雰囲気で、とても綺麗だった。


「ねえ、遼」


「ん?」


「あたし、席替えで遼の隣になって本当によかった」


美咲は俺を見つめる。


「俺も」


「これからもずっと、一緒にいてね」


「当たり前だろ」


俺たちは花火を見上げながら、静かに手を繋いだ。


## 第九章 小さなすれ違い


文化祭が終わり、日常が戻ってきた。


しかし、ある日を境に、美咲の様子が少しおかしくなった。


「おはよう、美咲」


「……おはよう」


返事は返ってくるけど、いつもより元気がない。


「どうかした?」


「ううん、何でもない」


美咲はそう言って、自分の席に座る。


休み時間も、美咲は他の友達と話していて、俺にはあまり話しかけてこない。


「美咲、何かあったのか?」


昼休み、俺は意を決して尋ねた。


「別に……何もないよ」


「でも、最近様子がおかしい」


「おかしくなんかないよ。遼の気のせいだって」


美咲はそう言って、友達のところへ行ってしまった。


放課後、田中と山本に相談する。


「星崎さん、何か怒ってるんじゃないか?」


田中が言う。


「怒ってる? でも、何で?」


「お前、何かしたんじゃないのか?」


「心当たりがない……」


「女心は難しいからな」


山本が肩を竦める。


家に帰っても、美咲のことが気になって仕方ない。


翌日、学校に行くと、美咲は相変わらず元気がない。


「美咲、やっぱり何かあったんだろ? 教えてよ」


「しつこいな。何もないって言ってるでしょ」


美咲の言葉が刺さる。


「ごめん……」


俺は謝って、自分の席に座った。


授業中、俺は美咲のことばかり考えていた。


何がいけなかったんだろう。何か気に障ることをしたのか。


放課後、俺は図書室に向かった。一人で考えたかった。


しばらくして、誰かが図書室に入ってくる。


顔を上げると、美咲だった。


「遼……」


「美咲」


美咲は俺の前に座る。


「ごめん。冷たくしちゃって」


「ううん、俺こそごめん。何かしたなら謝る」


「遼は何もしてないよ。悪いのはあたし」


美咲は俯く。


「実はね……文化祭の時、遼が女子たちに囲まれてるの見て、嫉妬しちゃったの」


「嫉妬?」


「うん。みんな遼のこと『カッコいい』とか『素敵』とか言ってて。それ聞いてたら、なんか嫌な気持ちになっちゃって」


美咲は顔を赤くする。


「それで、遼に冷たくしちゃった。でも、遼は何も悪くないのに。あたし、最低だよね」


「そんなことない」


俺は美咲の手を握る。


「美咲が嫉妬してくれるのは、むしろ嬉しいよ。俺のことを想ってくれてるってことだろ?」


「遼……」


「でも、心配しないで。俺が好きなのは美咲だけだから」


美咲の目に涙が浮かぶ。


「ありがとう……あたし、遼のこと疑って、本当にごめん」


「いいよ。これからは何かあったら、ちゃんと話そう」


「うん!」


美咲は涙を拭いて、笑顔になる。


「あのね、遼」


「ん?」


「あたしも、遼以外の人なんて見てないから」


美咲の言葉に、俺の心が温かくなる。


「うん、知ってる」


俺たちは図書室で、静かに寄り添った。


## 第十章 それぞれの成長


すれ違いを乗り越えて、俺と美咲の関係はより深まった。


冬が近づき、学校では進路面談が始まった。


「柏木、お前は大学どうするんだ?」


田中が尋ねる。


「俺は情報系の大学に行きたいと思ってる。将来、ゲームかアニメ関係の仕事に就けたら」


「お前らしいな」


「田中は?」


「俺は工学部かな。山本は?」


「俺は経済学部を考えてる」


三人で将来について語り合う。


美咲も進路について真剣に考えていた。


「あたし、美容系の専門学校に行こうと思ってるの」


放課後、美咲が打ち明けてくれた。


「専門学校?」


「うん。大学じゃなくて、実践的な技術を学びたいから。それで、将来はヘアメイクの仕事に就きたい」


美咲の目は真剣だ。


「素敵な夢だね」


「ありがとう。でもね、ちょっと不安もあるの」


「不安?」


「遼は大学に行くでしょ? あたしは専門学校。進む道が違うから、もしかしたら離れちゃうんじゃないかって」


美咲の声が小さくなる。


「離れないよ」


俺は即答した。


「道は違っても、俺たちは一緒だ。美咲が専門学校で頑張ってる時、俺も大学で頑張る。お互いに応援し合えばいい」


「遼……」


「それに、遠距離恋愛なんかじゃない。東京の大学に行くつもりだから」


「本当?」


「本当。だから心配しないで」


美咲は安心したように笑う。


「ありがとう。あたし、もっと頑張るね」


「うん、俺も頑張る」


俺たちはお互いの夢に向かって、歩き始めた。


冬休み、俺と美咲は再び秋葉原へ。


「今年も色々あったね」


美咲が言う。


「そうだね。席替えで隣になって、付き合い始めて、文化祭もあって」


「すごく濃い一年だった」


「来年はもっと濃い一年になるよ。受験もあるし」


「そうだね。でも、遼と一緒なら頑張れる」


美咲は俺の腕を掴む。


「俺も」


アニメショップを巡り、メイド喫茶で休憩し、フィギュアを見る。


初めて二人で来た時と同じコースだけど、今はもっと自然に、もっと楽しく過ごせる。


「ねえ、遼」


「ん?」


「あたしね、席替えで遼の隣になった時、運命を感じたの」


「運命?」


「うん。だって、あんな偶然ってないでしょ? クラスに40人もいるのに、よりによって趣味が合う人の隣になるなんて」


確かに、あれは奇跡的な確率だったかもしれない。


「でもね、今思うの。運命だったとしても、そこから関係を築けたのは、お互いが努力したからだって」


「努力?」


「うん。遼は最初、あたしに戸惑ってたでしょ? でも、ちゃんと向き合ってくれた。あたしも、遼に受け入れてもらえるように頑張った」


美咲は俺を見つめる。


「だから、運命だけじゃなくて、お互いの努力があって、今があるんだと思う」


「……そうだね」


俺も美咲の言う通りだと思う。


席替えという運命的な出会いがあっても、そこから関係を築くのは俺たち自身だった。


「これからも、一緒に頑張ろうね」


「うん!」


俺たちは手を繋いで、冬の秋葉原を歩いた。


## エピローグ


三学期が始まり、席替えの時期がやってきた。


「今回もくじ引きで席替えするよー!」


若林先生の声に、クラス中がざわつく。


俺と美咲は顔を見合わせる。


「また離れちゃうかもね」


美咲が少し寂しそうに言う。


「まあ、それはしょうがないよ」


「でも、できれば隣がいいな」


「俺も」


くじを引く順番が回ってくる。俺は箱に手を入れて、紙片を引く。


『32番』


教室の後方、窓際。理想の席だ。


「どこだった?」


美咲が尋ねる。


「32番。窓際の後ろの方」


「いいなー。あたしは……」


美咲がくじを開く。


『31番』


「……隣だね」


俺たちは顔を見合わせて、笑い合った。


「また隣だよ! やったー!」


美咲は嬉しそうに飛び跳ねる。


「奇跡だな」


「奇跡じゃなくて、運命だよ!」


俺たちは新しい席、窓際の後方に座る。


「この席、いいね。外の景色も見えるし」


美咲が窓の外を眺める。


「うん、最高だ」


俺は隣に座る美咲を見る。


二学期の席替えで隣になって、運命が変わった。


地味なオタクだった俺の隣に、ギャルの美咲が座った。


最初は戸惑ったけど、今では美咲がいない生活なんて考えられない。


「ねえ、遼」


「ん?」


「卒業しても、ずっと一緒にいてね」


「当たり前だろ」


俺は美咲の手を握る。


「これから先も、俺たちは一緒だ」


「うん!」


窓の外では、春の訪れを告げる花が咲き始めていた。


新しい季節、新しい席。


でも、隣にいるのは変わらず美咲だ。


これからも、俺たちの物語は続いていく。


隣の席から始まった、俺たちの青春ラブストーリー。


――終わり――


**【あとがき】**


席替えという些細なきっかけから始まる恋の物語。


見た目は正反対でも、趣味が合えば距離は縮まる。


大切なのは、相手を理解しようとする気持ち。


オタクとギャル、一見合わないように見える二人だけど、本質的な部分で繋がることができれば、素敵な関係が築ける。


この物語が、誰かの背中を押すきっかけになれば幸いです。


それでは、また別の物語でお会いしましょう。

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隣の席のギャルが俺に構いたがる理由 風見莉乃 @Misua

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