-第二夜- 魔女の帽子
友人も我が家にやってきたので、私は準備に取りかかることにしました。
何はともあれ、まずは我が家の掃除です。ハロウィンを迎える為に相応しい家でありたいというのは誰だっておんなじです。
膨らみかけた月が、私と友人を照らします。離れの納屋、その扉に鍵を差し込めば、扉はゆっくりと開きました。
出来た隙間から埃っぽい匂いがして私は鼻に皺を作り、友人はくちゅん、とくしゃみをしました。
「一年の間に、すっかり埃がたまってしまって」
カボチャ用のナイフとスプーンが入った道具箱にひとつ息を吹きかければ細やかな塵が舞い、ランタンの光できらきらと輝きました。
持ち帰ってしっかりと拭かなければとそれを傍らに置けば、奥の方からフニャッ、と小さな声があがります。そしてふらふらと現れたのは、ひとりでに動く、黒い三角帽子――……もとい、何かの拍子で頭に落ちてきたそれで視界が暗くなった友人です。
「旦那さま、ずいぶん真っ暗ですよ。ランタンの火を絶やしてしまいましたか?」
「まさか。帽子が君に合わないだけですよ」
帽子頭の獣となってしまった友人の姿に思わず笑って、私は腰掛けていた木箱から立ち上がりました。
覚束ない足取りの友人を猫食い帽子から救い出せば、彼は全身をぶるりと震わせてほっと息を吐きました。
「いったい、何が起こったのかと思いました」
「やあこれは……懐かしい」
友人から拾い上げた三角帽子を見た途端、私は思わず声を上げました。
帽子を好ましく思うような声色に、友人は尻尾の先をゆらゆらと揺らし、私の腰掛けていた木箱に飛び乗り、私の手の内にある三角帽子を見つめました。
「あなたのものですか?」
「今は。元は仲良くしていた女の子のものでした。近所に住んでいたのですが、引っ越してしまって……彼女、魔女になりたかったんですよ」
私の手の中にある帽子はまさしく、魔女が被る三角帽子そのものです。真っ黒で、つばが広くて、誰が被っても魔女に見えるでしょう(黒猫はのぞきます)。
「お別れのときに渡されました。立派な魔女になるまで預かっておいてほしいと。いつの間にか失せていて……こんなところにあったなんて」
「そうでしたか。お友達から預かったものは大切にしたほうがいいですよ。……ところでそのお友達は、魔女なのですか?」
「いいえ、人間です。父も母もどこからどう見ても人間ですし、彼女をひっくり返してみても、人間以外の何者でもありません」
私の答えに友人は訝しげに、月を見すぎて金色になってしまった双眸を細めました。
「それなら魔女になるのは難しいですね。どれほど偉い学校に通ったって、なれるようなものではありませんから」
「ところがですね、君。彼女、魔女になったんですよ」
常識に照らし合わせて物を言う友人に、私は悪戯っぽく笑いました。
私の言葉に金色の目を丸くさせて、彼は続きを促しました。
「今の彼女は黒い髪に、緑の肌、真っ黒なドレスに真っ黒な三角帽子、それから箒。どう見たって魔女そのものです」
「緑の肌の魔女なんて、聞いたことがありません。パンプキンパイの食べ過ぎで肌がカボチャ色になりかけた者は知っていますが」
「しかもですね、彼女、人気者なんです。劇場街に住んで、毎日拍手喝采を浴びる大魔女ですよ。空を飛びながら、歌う姿は圧巻だとか」
私の語りに、友人はほう、と感心した声を漏らしました。
彼も十月以外はどこぞへと放浪する身です。きっと、あの煌びやかな劇場街にも立ち寄ったこともあるでしょう。
「ただの人間がそこまでの大魔女になれるだなんて、知りませんでした」
「無限の可能性を信じた結果でしょうね」
私は笑いながら、どこか誇らしげな黒い三角帽子を眺めました。
少し埃が被っていますが、秋の爽やかな空気にあてればしゃんとするでしょう。
「しかし、そんなにも素晴らしい魔女になったのに、どうして旦那さまから帽子を受け取りにこないのでしょう?」
「……スケジュールが詰まってるんですよ、彼女、驚くほどに人気者なので……」
一度、出向いてみてもいいかもしれません。ふと私は呟きました。
すると友人が頷いて、ハロウィンが終わってから考えてみては、と助言してくれたのでした。
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