十月三十一日へと至る私たち
舎まゆ
-第一夜- 黒猫
毎年、十月は彼が連れてくるのです。古びた私の家の、がたついた窓を叩いて。
「はい、はい」
ほら、今年もやってきました。緩くなった窓の木枠と曇った硝子が揺れて、嫌な音をさせています。
私はそれを聞いて、いそいそとそちらへ歩み寄りながら、友人の催促に返事しました。
窓の外で友人が窓を遠慮がちに叩いている姿が見えます。あの柔らかな手がちょい、ちょい、と窓硝子をつつく度に、がた、がた、と木枠が揺れるのです。
その音がするたびに友人は窓を叩くのをやめて、しかしやはり、ちょい、ちょい、と窓硝子をつつくのでした。
「すぐに開けますから」
私は立て付けの悪い窓の端を持って、ぐっと引きます。夏に茹だっていた私たちを外に誘い出したげな秋の空気が部屋に吹き込むと同時、友人は開いた窓の僅かな隙間からするると私の家に入りました。
そのまま軽やかに、と、と床に降り立ち私に親愛の眼差しを向けてくれます。
「こんにちは、旦那さま」
「はい、こんにちは。お元気でしたか? 今、ミルクを出しますので」
窓を戻すのに手間取りつつ、私がもてなしの意志を伝えれば友人は小さな声を上げました。キッチンに向かう私の足下に寄り添うように、友人は長い尾をぴんぴんと上げながら歩いています。
私の家はとても古く、主人たる私の歩みでも遠慮無く、ぎっ、ぎっ、と嫌な音を――きっとこの家は、そういった音が賑やかで楽しげだと思い込んでいるのでしょう。ぎっ、ぎっ、と立てるのですが、友人の軽やかな足取りはまったく、そんな音を立てないのです。
きっと彼が持つ軽やかさの前には、床もだんまりを決めているようでした。
私はキッチンでいっとう白く輝く器を取り出し、さっと布巾で拭き取り、そこに新鮮なミルクを恭しく注ぎました。
友人をもてなすのに、剥き出しのオークのテーブルでは殺風景です。リネンのプレースマットを敷いて、私はそこに器を置きました。
「ありがとう、旦那さま」
友人はテーブルの上へたっと上がり、軽く頭を下げました。そうして、彼らの一族の作法でしょうか、手で念入りに顔を洗った後で、器に並々と満たされたミルクをひと舐め。ぺちゃぺちゃと夢中になりはじめました。
「十月ですか、早いものですね」
私はチェアに座りました。これも古いものですので、私が腰を落ち着けるとぎし、と音を鳴らします。その音に友人は、薄く、形の良い耳を微かに動かしました。
友人はミルクに夢中でした。暫く口にしていなかったのでしょう、ピンク色の小さな舌で白い小波を立たせています。
私は背中を丸めた友人の姿を眺め、静かにしようと思いました。艶やかな毛並みの息遣い、行儀良く揃えられた手足、大人しくしている長い尾。
それら全てが黒く、好ましく、神聖なものに見えます。
口元だけが、ミルクに濡れて白いのでした。そして時折、ぱちりと瞬く目。彼は小さな頃、夜闇に浮かぶ月を見過ぎたのでしょう。金色に輝いていました。
「ごちそうさまです」
「はい。では――」
「ハロウィンの準備をしましょう。皆、待ちきれない様子なのです。太陽により一日の長さは定められていて、まだあと三十日もあるというのに、せっかちなものです」「それはそれは。今年も手を抜いていられませんね」
友人が口元のミルクを舐めとりながら、困ったようにため息を吐くので、私は苦笑いを浮かべました。その実、一番せっかちなのはこの友人なのです。
ハロウィンまであと三十日もあるというのに、手伝いという名目で毎年やってくるのですから。
しかしここは、ご愛敬ということで私も猫の手を借りることにしています。毎年のことなので、そうしないと落ち着かないのでした。
「かぼちゃ、古い布、蝋燭、悪魔の角。それから、お菓子。やるべきことは沢山ありましょう、僕は今年も、あなたを手伝いますので、ご安心ください。旦那さま」
小さく首を傾げて、友人はにゃあと鳴きました。私は思わず、その小さな頭をそっと撫で、薄く柔らかな三角の耳に触れたのでした。
ひんやりとしたそれに、秋を感じます。
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