4-1

――ざっと、古和玖の全身からあやかしのような気配が沸き立った。

 殺気にも似たほの白い、紅みを帯びたそれが、人外の目には視えるのだろう。

 眼鏡をかけたままでも紅い瞳がぎらりとちらついて、染みつくように燃える。


 奇は並みの妖怪ならば裸足で逃げ出すその気配を切れ長の瞳に映して、微塵も退かず、動じることもなく、ただひとつの花のように笑みを崩さない。


「おや、地雷でしたか。これは申し訳ありません。ですが、撤回はしませんよ。何日かかってでも答えていただきます」

「……」


 古和玖は無意識に握りしめていた拳を、ゆっくりとほどく。

 しゅるりと気配が吸い込まれるようにおさまった。はあっとため息をつくと同時に、荒れ狂う激情をまとめて丸めて吐き出す。


 これは、どう転んでも嫌な未来しか見えない。

 だがこのストーカー相手に、「答えたくない」はおそらく悪手だ。

 ならばいっそ正直に言って、怖がって、気味悪がって、逃げ出してくれた方がいい。


 そうだ、この男は怪談に異様なまでに執着はするが、その反面先程見た限り体力も戦闘力もなさそうだった。

 ならば、どんなに怖い話や怪異が好きだろうが、命に関わるような危険な怪談に遭うリスクなど犯す意味はない。


 もう一度ため息をつく。


 そうして古和玖は、ゆっくりと顔を上げ、真正面から奇の視線を見返した。






「僕の目は――あやかしを、惹きつけるんです。こちらの意思や意図とは関係なく、……人の命を奪うような、危険なあやかしのことも」





 人を惑わし、妖を惹きつける赤い瞳。

 人間にも妖にもなれない、中途半端な生き物。



 人間でい続けることなんて、もうとっくのとうに諦めた。

 ならあとは、道を踏み外すだけだ。



 古和玖は再び、くっと拳を握る。

(――これでもう、僕に付き纏おうなんて考えはなくなるだろ)

 一緒にいれば死ぬかもしれない、なんて聞いて、それでも傍にいることを選ぶ人間なんていない。

 そうして古和玖は、自分の隣に、自分の傍らに、人が在ることを許さない。


 誰も、僕と一緒に生きなくていい。



「……つまり……」


 今まで微動だにしなかった奇の声が震えているのを、俯いた視界には入らずとも、聴覚が捉える。



「――つまりあなたと一緒にいれば、俺のもとに怪談話が売るほど舞い込むということですか!?」

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