3-3

――妖言。

 人を惑わせる、根拠のない言葉、流言、不吉なうわさ。



 ふっ、と血の気が引いた冷たさを逃がすように息を吐く。


「……少し、違う」


 古和玖の瞳が、ゆっくりと瞬いた。

 澄んだ黒い目に、長い睫毛が細くかげを落として揺らぐ。


「妖人は、単に人を混乱させる。僕は、妖言師およずれごとし――それを、生業としているんです」

 不吉で不気味な妖言で人を惑わせ、その心を集める。



 人間には、人間であるならば、とてもできない仕事だ。

 たぶん、きっと。


 奇は細い顎に手を添えると、遠くに視線をやって楽しそうに微笑む。

「生業、ですか。それはまた輪をかけて珍しいですね。して、その職業を志望した理由は?」

「そんな面接みたいな聞き方されても答えませんよ。……もう気が済んだでしょう、帰ってもらえますか?」


 古和玖は近くの椅子を引いて腰かけると、悠然と佇む奇を見上げる。

 しかし奇は、悪びれもなくにこにこと笑うばかりだ。


「そういうわけにはいきません。俺は面白い怪談を見つけると、集めるまでは梃でも動かないんです」

「ストーカーじゃないですか……というか、さっきと話が違います。僕はあなたの質問に答えましたよ」

「おや、誰が質問に答えたら帰ると言いました?」


 奇がすいっと銀色の瞳を細め、しゃらりと笑う。悪戯げに、獲物を捕らえた猫のように。

 古和玖は眼鏡の奥で、目を見開いた。がたっと音を立て、座ったばかりの椅子から立ち上がる。


「……ひっかけたな……!」

「別にひっかけるつもりはありませんでしたよ、黙秘される可能性も考えていました。貴方が勝手に勘違いして喋ってくれたんじゃないですか」

「っ、」


 何も言えずにぎりっと奇を睨む古和玖。

 奇はさすがにやりすぎたと思ったのか、笑顔のまま両手を挙げた。

「わかりました、わかりました。俺が大人げなかったです。じゃあ、あともうひとつだけ質問しますので、答えていただければ今日は大人しく退散しましょう」

「ええ、ぜひそうしてください」


 古和玖は椅子に座り込んで、ぐしゃっと前髪をかき乱した。この男といると、ペースが狂う。


 奇は興味深げに古和玖のその姿を眺め、紅い唇をゆるりと開いた。


「では。――貴方のその赤い目には、どんな力が?」

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