2-3
「あっははははははッ!」
けたたましい笑い声とともに両手を顔から離し、少女がひらりと後ろへ飛び退く。
切り揃えた黒髪が風に揺れて見えた顔は、目も鼻もなく――
ただ大きな口だけが、顔の中心にぱっかりと開いて壊れたような笑い声をあげ続けている。
男が鮮やかな仕草で、懐から巻物を取り出した。
「いいですね、いい大口ですね!」
(こいつ、誰にでもそれ言うのか……)
少女の顔を見てぞくりと泡立った背筋も吹き飛ぶほど、古和玖は呆れとしらけで湿った眼差しを男に向ける。
しかし男は全く気にせず、というよりも気がつかず、嬉々として金髪を風に靡かせ、口元にぞくりとするような笑みを浮かべている。銀色の瞳が夕陽に閃いた。
「――集めさせていただきます」
男の足が、地を蹴る。
が、それよりも先に、少女の体がふわりと宙に舞った。
「あははははははははッ!」
けらけらと笑いながら屋根に着地し、しゃがみこんだ態勢で猫のように手をついて古和玖たちを見下ろす。長い舌がちろりと宙をかすめて、口に仕舞われた。
「ねえ、お兄ちゃん、一緒においでよ。お母さんが待ってるよ」
目はないが、その顔の向きは明らかに古和玖に狙いを定めている。
今度こそ背筋が泡立って、首筋の毛がちりちりとざわついた。
「その前に!」
緊迫した空気を、凛とした大声が叩き割った。
見れば、男が塀の上に手をかけ、なんとか登ろうとやっきになっている。そのまま塀の上から屋根へ移るつもりなのだろう。
「俺が、貴方を集めます!」
「お母さん、貴方のことは待ってないよ。私も貴方のこと大っ嫌い――怪談殺し」
歪んだ少女の口元から吐き捨てられた言葉に、銀色の瞳が見開かれる。その油断が、落下に繋がった。
「うわっ」
盛大に手を滑らせ、中途半端に塀に張り付いた態勢から落ちる男。ぐしゃっと情けない音がする。
「でも、どうしてもっていうなら、来てくれてもいいよ。お母さんが殺してあげるから!」
最後にもう一度甲高い声に嗤いを滲ませて、少女は軽やかに屋根の向こうへと消えてしまった。
「待っ――」
立ち上がろうとしたところで、男の体が崩れ落ちる。そして、先ほどと同じように、うつぶせに地面に倒れた。
「……やばい、死ぬ」
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