対話
街から北西へとイリアは向かう。走り続けるノヴァは息を切らし汗も流しながらも止まることはなく、夜風吹く平野を駆け抜ける。
やがてイリアが静かに巨岩の上に舞い降りて翼を閉じ、すっと頭を上げながらノヴァを捉えた。
すぐ手前まで辿り着いたノヴァもまたまっすぐイリアと目を合わせ、瞬く星の輝きのように煌めく神鳥の瞳や麗しく凛とした佇まいに息を呑む。
「イリア……」
かつて先祖が信奉していた神獣と一対一で相まみえてノヴァの心は静寂に包まれた。
昔からその存在は知っていて、追い求める事を夢見た幼き日を振り返りながらも一歩、また一歩とノヴァはイリアへ歩み寄り、巨岩のすぐ下まで来ても神鳥は動かない。
ノヴァの力が足元に及ばない事を知っているからなのか、彼女がかつての信奉者の末裔と察してかはわからないが、イリアからは敵意がないのだけは間違いなく同じ場所に駆けつけたタラゼドも離れた位置で様子を見ていた。
しばしノヴァはイリアを見つめ、それから意を決し岩を登り始める。上手く凹凸に手足を引っ掛けつつ神獣の足元へと辿り着いても、微動だにしない
「ありがとう、イリア」
感謝の言葉が何故出たのかはノヴァにもわからない。考えるよりも先に口にしたもの、確かな何かが導いたとだけ感覚で理解し、そして改めて深呼吸し直してイリアと向き合う。
夜風が優しく吹き抜ける刹那に音が消えた。肌寒さも、緊張も、ノヴァの心がイリアのそれと繋がり、そして垣間見るは神獣の記憶だった。
だがそれは悠久を経た大いなるもの、星の大河とも言える眩さに呑まれノヴァは己の存在を見失いそうになる。
(呑まれる……! 気を、しっかり保って……! 僕は、リスナー、なんだから……!)
旅の合間にエルクリッド達に訊ねた言葉をノヴァは思い返す。それはアセスと繋がっている感覚というものについて、五感や心の動きの共有とそれに伴う自己をいかに保つかどうかを。
エルクリッド達三人の答えはほとんど同じ、己の存在をちゃんと確認し心に立たせるというもの。アセスから伝わる思いや記憶がどんなに向かってきても、まずは自己を立たせて流されぬようにする事からと。
ノヴァも力を最低限入れながら大河の中で自己を静かに立たせる。時折ぶつかる戦慄の記憶にも惑わされず、静かにイリアの記憶の中に己を確かめた。
(それから、受け止める……まずは少しずつ、ゆっくりと……)
自己を立たせたら次に記憶や思いを受け止めていく。いきなり大きなものは受けずに小さなものから、そこからでも見えてくるものを感じ取る事で少しずつ歩み寄るのだと。
ノヴァも星の大河の中に流れるイリアの些細な記憶を読み解いていく。大空を舞いながら世界を見続けたこと、時折自身を追い求める者や拝む者達を見下ろしてきたこと、カードとなり眠りについている間のことを。
イリアの記憶はまさに歴史そのもの、エタリラという世界を見てきた神獣の記憶そのもの。
やがて数多の戦いの記憶に触れ、そこから向けられる様々な思いに対しイリアがどう応じたかが伝わってくる。その中にはエルクリッド達が向かって来た時のものもあるし、そして半年前の戦いにて使われた際に力を貸した事もあった。
(世界を護る為に……? それが、神獣の意思……?)
大いなる災いをもたらす存在がエタリラに現れた時、それに立ち向かう者にイリアが力を貸す事をノヴァは読み解く。エルクリッドがそうであったように、彼女の師クロスがそうであったように、他にも多くの者達がいた事を知る。
その果てに行き着くのは遠い彼方の記憶、一人のリスナーを囲む神獣達の姿とその言葉だった。
「この世界を護る為に、そして明日を導く為にその力を然るべき者に貸してやってくれ」
力強さがありながらも穏やかで優しい口調は何処か懐かしさがあり、ノヴァが思わず手を伸ばすと現実へと意識は戻りイリアに触れていた。
瞬間、閃光と共にイリアがカードとなってノヴァの手の中に握られ、ほのかに光を帯びながらその姿が画かれる。
「イリア……力を、僕に……?」
カードを通して頷くイリアの意思がノヴァの心に響く。力を貸すべき相手とその時だから、という答えにはノヴァも戸惑いながらカードを見つめ、そんな彼女の所へタラゼドが寄ろうとすると先に横を通って行く人物がおり、穏やかな声色で語りかけた。
「神獣は信頼足り得る者に自ら力を貸す、そして扱わせる事でその者の未来を占いエタリラの守護へと導く……そんな古い話があるね」
「メビウス様……」
にこっと微笑みながら声をかけたのは風の公爵メビウスだった。振り返り岩の上から目を合わせたノヴァはとりあえず下り、それをメビウスが手伝いつつもそっと頭を撫でイリアを見つめる彼女へさらに助言を贈る。
「リスナーの本質は声を聴く力にある。イリアが認めたならそのカードは君が持っていなさい」
「ですが……僕はまだ未熟で……」
「だからこそ、さ。そうだな……ふむ、それがいいな」
迷うノヴァから手を離したメビウスが思案を始めるとタラゼドも到着し、ほぼ同じ時にノヴァの名を呼ぶエルクリッドが駆けつけシェダとリオもやってくると、メビウスが何かを閃く。
「うん、これがいいな」
「メビウス殿、まさか……」
「タラゼドくんは察しがいいね。でも今日はもう遅いからね、また明日屋敷に来てくれ」
ふくよかな身体を揺らしながら悠然とメビウスは白くてずんぐりした謎の生き物に乗って去って行き、その姿が見えなくなってからエルクリッド達も改めてノヴァの握るイリアのカードに目を向ける。
だがメビウスの言ったように夜遅くというのもあり、ひとまずは街へ戻り休むのだった。
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