彗星

 戦いを終えてホークの街に帰還したシェダ達を宿で待っていたノヴァとリオが出迎え、その結果を受けつつゆっくりと夜を過ごす。


 シェダも資格を得た事で残りの十二星召との戦いとなり、その方針を決めるのは明日ということにして彼は傷ついた身体を休め、エルクリッド達も同じように静かに眠りにつく。

 そんな中で一人ノヴァは暗がりの中で目を開ける。エルクリッドとリオの寝息だけが聴こえる部屋で静かにベッドからノヴァは出ると、音を立てぬように着替えてカード入れを手に部屋を出た。


 深夜の帳に包まれる街は人の気配もなく魔力灯が静かに道を照らすのみ。一人ノヴァは街に出ていざと行こうとすると後ろから名前を呼ばれてビクッと身体がすくみ、しかし聞き慣れた声の主ともわかりそっと振り返り、後ろに立ちため息をつくタラゼドを見上げた。


「こんな遅くに一人で何処へ行こうと言うのですか?」


「えと、あの……特訓をと」


 目が泳ぎながらも嘘は言ってないとタラゼドは察しつつ、何も言わずに道に出てノヴァと共に歩く。


 旅の中でノヴァは少しずつカードを扱える様になり、日々精進している賜物と言える。野宿する時も一人でやってるのはタラゼドも把握してるし、時折エルクリッド達の指導を受けてより研鑽してるのも知っていた。

 今回もそうした一環と言えるのだろうが、タラゼドは何も言わずにいるのもあり観念したようにノヴァは深呼吸をしてから胸の内を明かす。


「ちょっと焦ってます、エルクさんもシェダさんも、リオさんも素晴らしいリスナーで……少しでも追いつきたい気持ちが強くなってます」


 心通わせるアセスとの出会いがない事はリスナーにとって最大の焦燥を招くのは言うまでもなく、その時に備えてカードの扱いをより研ぎ澄ませるというのは間違ってはいない。

 だがノヴァ自ら焦りを口に出したこと、彼女の苦笑混じりの横顔を見つめるタラゼドは深刻ではないにしろ、思いの強さというものを感じ取る。


「お気持ちはよくわかります。わたくしも様々なリスナーを見てきましたが今の旅仲間は前の仲間達と同じか、それ以上の才覚と力を持っていますからね」


「タラゼドさんから見てもそう思いますか?」


「十二星召にもハシュやクレス様のように若い世代はいますが、そうした者達と同じものと言っていいでしょう。不思議とそうした者達が集う時代があるのだと、再認識させられます」


 十数年前から今日までで十二星召も入れ替えがあり、その席につけずとも実力ある者たちがいて国の騎士や専属リスナーとなったというのはノヴァも知っている。


 エルクリッドの師たる十二星召の一人クロスとその仲間達と旅をしたタラゼドの言葉は確かなものがあり、時代のうねりとも言える瞬間にいるのだとノヴァは悟れた。それは大きな荒波と言えるのかもしれない、その中にいるから焦燥感もまた強くなるのだと。 


「タラゼドさん、僕はエルクさん達に追いつけるでしょうか? あの人達みたいに、誇り高いリスナーになれるか……ううん、ならなきゃいけないのかなって」


 ずっと戦う姿を見てきた。心折れそうになっても戦い抜いた者達を、カードに思いを込め前へと進む者達を。

 憧れが追いつく為の行動へ、行動が思いを強め加速させていく。そして冷静に立ち位置を見た時に、目標は果てなく心折れそうになる。


 誰もが一度は通る道、考えるもの、それはノヴァとて例外ではない。言い換えればそれだけ成長したという事実でもあり、目付役としてタラゼドにとっては喜ばしく真摯に答えていく。


「追いつけるかはわたくしには保証はできません、ですがあなたには多くの可能性があって、それはこの旅で養われたもの……多くのリスナーに触れて思えるようになった事なのは確かですね」


 丁寧で穏やかな口調のタラゼドの言葉に耳を傾けながらノヴァはホークの街の練習場に辿り着き、人のいないそこへタラゼドが先に踏み入り位置につきながら振り返る。


「せっかくですのでわたくしがお相手致しましょう。今のあなたに使えるカードであれば対処するのは造作もないはず、もちろんわたくしも加減はしますが」


「ありがとうございます。では早速お願いします!」


 微笑むタラゼドの提案にノヴァも笑みで返し配置につく。

 強くなる為の研鑽へいざと両者が身構えた、その刹那であった。


 月明かりの色を青色へと変えて地上を照らし出しながら、それは静かに天を進み行く。流れる彗星の如く、キラキラと青の粒子を振り撒きながら飛翔していくその姿がノヴァとタラゼドの真上を追加し、二人は目を見開きながら刮目する。


「イリア……!」


 青き光を放ちながら優雅に空を進むは彗星恵鳥すいせいけいちょうイリア。ノヴァが追い求める存在がやや低い高度を飛ぶのに見惚れていたが、すぐにタラゼドが手を動かすと察したのかイリアが速度を上げて彼方へと消えていく。


「た、タラゼドさん! すぐ追いましょう!」


「ノヴァ……ですが我々だけで行くのは……」


 ノヴァの提案にタラゼドは冷静に意見を述べかけたが、真っ直ぐ自分を見上げ迷いのない瞳の強さに気圧され否と言えなくなってしまう。


「わかりました。エルクリッドさんらも来れるようにはしますが、今は我々だけで追いましょう」


「ありがとうございますタラゼドさん!」


 大げさに頭を下げるノヴァは笑顔を見せながらイリアの向かった方向へと走り出す。その後ろ姿はかつての旅仲間、そして今の仲間と重なって見え、幼い頃から知るノヴァの成長を肌で感じながらタラゼドもまた笑顔を浮かべ、早足でその後を追う。


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