公爵の提案

 夜が明けてからエルクリッド達はメビウスの屋敷へと赴き、応接間へと案内される。席について少し待っているとメビウスがルナールを伴って部屋へ入り、挨拶も軽く済ませ本題をきりだす。


「さて、昨夜はイリアがノヴァくんの手の中にとなったわけだが……エルクリッドくん達がわたしに挑む時に一緒に戦ってみてはどうだろうか?」


「それはつまり、イリアを召喚して戦う……ということですよね?」


 あぁ、とメビウスが穏やかに返すも、その提案にノヴァ本人はすぐには返せずエルクリッド達にも動揺が走る。

 神獣が自ら力を貸す事を示したならばノヴァがイリアを扱う事は難しい事ではない。だがリスナーとしての経験値は圧倒的に足りない事は本人も自覚している事であるし、何よりその意図が何かという事を静かにタラゼドが問う。


「何故ノヴァと? 彼女はまだリスナーとして戦うには今少し経験不足、ましてやメビウス殿と相対するのは……」


「だからこそ支援という形で試練に参加し、上手く立ち回る事をわたしを相手にして覚えるんだ。少なくともわたし相手なら他の十二星召よりは戦いやすいだろうし、エルクリッドくん達の星稼ぎにもなって損はない……それにイリアに慣れるのは早い方がいいしね」


 試練に伴う支援者としての参加、言い換えればイリアそのものを召喚せずともスペル等の力を使う事で立ち回る事ができ、また加勢も任意という事となる。


 メビウスの答えを聞いてタラゼドも腕を組んで思考を巡らせながらノヴァに目を配り、やや俯き気味で考え続ける彼女がどう答えるかを待つ。

 同時に今この場に神獣が四枚集っている状態であるのも考えた時に先の事態も見越さねばならない。


(エトラがまだカードとなってないならばいずれやって来るはず、ならばその時までにノヴァがイリアを扱えるようにしておくのは確かに必要ですが……)


 戦わずして神獣が力を貸すという例はタラゼドも知っている。そして来たるべき時にその力を扱えるようにならねばならない事もまた。

 

 返事を待つメビウスは穏やかな表情のまま催促する事もなく静かに待ち、やがてノヴァが小さく深呼吸をして前に目を向け答えを出す。


「やって、みます。やらせてください」


 エルクリッドが一瞬声を出しかけるも真っ直ぐな眼差しを見てノヴァの覚悟を感じ取り、それをメビウスも静かに頷いて受け取りながらニコりと微笑む。


「何、あくまで試すのはエルクリッドくん達であってノヴァくんではないからね、わたしもそのアセスもノヴァくんとイリアには基本手出しはしないよ」


 穏やかながらもその言葉は自信とそれだけの実力を持つ事を示すには十分なものだった。ルナールがそっぽを向いて舌打ちする様子やそれを意に介さず穏やかに振る舞うメビウスは、風の国を救った英雄の一人に変わりはない。


 十二星召の筆頭であり同じく風の国の英雄たるデミトリアが剛ならばメビウスは柔そのもの。そして同等の力を持つのは言うまでもなく、ノヴァへの提案も見方を変えれば神獣一体いても何とかできる事の裏返しなのだから。


「そうと決まれば早速、と言いたいが決まりがあるからね。わたしは仕事がなければ屋敷にいるし、いなければ言伝をして貰えれば使いを出すからゆっくり自分の歩調で挑んできてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 優しく微笑みながらどんと来いとばかりに胸を叩くメビウスにエルクリッドは礼を述べつつも、彼の底知れぬ強さに静かに戦慄する。


 バエルやデミトリアといった重圧を向けてくるようなものでもなく、ルナール等の妖艶さの中の危うさもなく、他の十二星召や猛者とは明らかに毛色が異なるメビウス。だからこそ油断なく気を引き締め、しっかりと用意をして挑むべき相手と思えた。

 ひとまずは話を終えてメビウスに見送られてエルクリッド達は彼の屋敷を後にし、それを見守るメビウスはニコニコしているとルナールに背中を蹴られ、しかしふくよかな身体は動じず逆にルナールが尻餅をつく。


「おや、どうしたんだい?」


「……お主は何を考えてるかよくわからんな。若い頃のがまだ単純だっただけに」


「そんな事はないよ、まぁ、デミトリアに会ってから変わったのは確かではあるけどね」


 振り返りつつルナールに手を差し出すも払われたメビウスは穏やかなまま話をし、立ち上がるルナールはため息をついて改めてメビウスの腹を殴るも衝撃は通らず舌打ちする。


「暴力は良くないよルナール」


「気に食わぬ奴を小突いてるだけだ。全く、お主のような輩がこの世界でも指折りの実力者というのは気に食わん話だ」


 苦笑いしながらメビウスがゆっくりルナールの手を引かせ、すぐさま放たれる上段蹴りもさっと手で止めてそっと払ってから流れる風を感じて心を落ち着かせ、ふふっと笑う。


「良い風が吹いてるね。昔から変わらない良い風だ……明日への希望と、それを体現する者達の背中を押す、良い風だ」


 在りし日々にもその風は吹いて背中を押した。そして同じように風は吹いて背中を押す、希望を胸に、夢へ進む者達を支えるように。


 そんな事を思いながらメビウスは闘いの時を楽しみに思うのだった。かつて自分達が救った国の賑わいを感じながら。



NEXT……

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