第26話 テオはアタシが守るんだから!
そのとき、視界の端に一台の荷車が映った。
果物を山積みにした荷車を、初老のおじさんが押して通り過ぎようとしている。
「す、すみませんっ! ちょっと借ります!」
僕は叫ぶなり駆け出した。
驚いたおじさんが「えっ、おい!?」と声を上げたが、もう構っていられない。
両手で取っ手をつかみ、思いきり押し出す。
「でやああ――――っ!!」
荷車がガタガタと音を立て、石畳を滑るように走り出した。
果物が弾け飛び、まっすぐゲオルグへ突っ込む。
「うおっ!?」
逃げる間もなく、巨体に激突した。
鈍い音とともに、ゲオルグの体がよろめく。
その衝撃で、掴まれていたエクレールが宙を舞い、石畳に崩れ落ちた。
「エクレール! 大丈夫っ?!」
「……くっ……な、なんとか……」
ほっと胸をなで下ろしたのも束の間――。
「このガキィ……!」
ゲオルグが顔を真っ赤にしてこちらをにらんでいた。
血管が浮き上がり、息が荒い。怒りに燃える獣のような目だった。
「テメェ……よくもやってくれたなぁッ!!!」
怒号とともに地面を蹴り、突進してくる。
石畳が震えるほどの勢いに、僕は思わず身を固くした。
だが――。
「させないっ!!!」
エクレールが身を翻し、鋭い爪を振り抜いた。
空気を裂く音が響き、ゲオルグの頬に深い傷が走る。
「ぎゃあっ!」
大男の悲鳴が響き渡る。
よろめいた体が後ろの屋台に突っ込み、果物が弾けて飛び散った。
周囲の人々が悲鳴を上げながら逃げていく。
荒い息をつきながらも、エクレールはふらつく足で立ち上がった。
尻尾が逆立ち、赤く潤んだ瞳がまっすぐ敵をにらみ据える。
「テオは……アタシが守るんだから!」
その声には、もう弱さのかけらもなかった。
解き放たれた獣のような、凛とした気配が漂っていた。
「ち、ちいっ……!」
細身の男――ヨハンが腰の短剣を抜いた。
刃が光を反射してギラリと輝く。
その先端がこちらへ向けられた瞬間――。
「はい、そこまで」
落ち着いた声が響いた。
炎がゆらめき、赤橙の光がヨハンの顔を照らす。
気づけば、炎をまとった剣の切っ先が、ヨハンの首筋に突きつけられていた。
背筋が凍ったように固まり、次の瞬間、ヨハンは情けない声を上げて尻餅をつく。
「ミ、ミルフィ……!」
振り返ると、そこにはミルフィさんがいた。
淡い光を放つ金髪が風に揺れ、紅の瞳が男を見下ろしている。
「“さん”くらいつけてくれますか? ヨハンさん」
彼女はにこやかに言った。
穏やかに聞こえるその声の裏に、冷たい鋼のような気配がある。
「先日は教会でどうも。素敵なお友だちをお持ちですね」
「あ、あのっ、こ、これはワケがありまして……!」
「ええ、ええ。お聞きしましょう。ただし――」
炎がボッと強まり、ヨハンの頬に熱が届く。
「私の大切な友人を傷つけたからには、よほど立派なワケがおありなんでしょうね?」
表情は笑顔のまま。
だが、その微笑みの奥に潜む怒りが、空気を震わせる。
「ひ、ひいぃっ?!」
「どうしました? さあ、言い訳してごらんなさい。……早く。早く。早く!」
炎がさらに燃え上がり、ヨハンは鼻水を垂らしながら悲鳴を上げた。
「も、申し訳ありませんでしたぁっ!!」
地面に頭をこすりつけ、絶叫を響かせる。
ミルフィさんはため息をつき、炎をふっと消した。
「教会には、私からすべて伝えておきます。その後のことは神父様にお任せしますが……覚悟しておくことね」
「ひ、ひぃっ……!」
青ざめたヨハンは、倒れたゲオルグを引きずりながら逃げていった。
「大丈夫? 二人とも」
ミルフィさんが振り返り、柔らかく微笑んだ。
「ミルフィさん……ケルベロスの群れの討伐に行ってたはずじゃ……?」
「ああ、あれならすぐ終わらせたわ。大した数じゃなかったし」
「ちなみにどのくらい……?」
「ん〜、500匹くらい?」
「……相変わらず、デタラメにすごいですね」
安心したせいか、全身から力が抜けた。
隣を見ると、エクレールがその場にへたり込み、ぐらりと傾いた。
「エクレール!」
駆け寄る僕の腕の中で、彼女はそのまま気を失った。
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