第4話 幸浦元気
「まあ、戦術云々は全員で練習をやってから考えることにしよう」
合同練習もしないうちからあれこれ言っても仕方がない。
その日は、多くを決めることのないまま解散となった。
その夜。
後田雄大は寮の自分の部屋に戻ると、早速携帯端末を開いて1年メンバーについての布陣を確認する。
昼間、監督の坂石から1年を任されるという言葉を受けたが、本人は元々そういうつもりで大稲田に来ている。
後田には選手としての実績が全くない。その彼が、推薦に近い形で大稲田に進学できたのは常勝・高踏高校の副官としてチームを支えていたと認識されていたからで、当然、求められる役割もそれだと思っているからだ。
「さて、あの当日加入はどんなものなのか……」
スキンヘッドの幸浦元気である。
他の選手の情報は既にインプットしているが、さすがに今日の今日やってきた選手のことは全く知らない。しかも、誰も全く知らないというから困りものだ。
ひょっとすれば練習に全くついていけず、下手すれば一ヶ月後には自分と同じベンチにいる側になっているかもしれない。
何らかの情報が欲しいと思っていたが、幸いにしてすぐに反応があった。
『後田先輩―、お久です。兄貴が言っていた、福島県の沢ノ町高校の試合映像データ送っておきます』
21時頃にメッセージが届いた。
送り主は高幡舞。後田の母校・高踏高校の3年生で、対戦相手の選手分析に長けた存在である。この点に関しては日本一の能力と意欲もある存在と言って良いかもしれない。
先輩・後輩の関係とはいえ、母校の後輩女子にいきなり「誰それのデータがないか?」と尋ねることは難しいが、幸いにして彼女の兄・高幡昇も一緒に大稲田に進学している。
兄を通じて頼んでおいたが、誰も知らないという選手の試合映像が当日中に来るとは思っていなかった。
大したものだなと思っていると、兄の高幡昇からメッセージが来た。
この2人だけでなく、地方から来ている学生はスポーツセンターを通して寮生活となっている。
後田も高幡も、東伏見から二つ先にある田無の寮に入っており、同じ階だ。
高幡は埼玉の武州総合高校からやってきている。
高校は違うが、日本代表で一緒にいたこともあるのでお互いによく見知っている。
「俺にも見せてくれよ」
幸浦についての関心は高幡も同じようだ。妹からの連絡を受けて、後田の部屋で見ようとやってきた。
「あぁ。しかし、こんなにすぐに届くとはねぇ」
県予選三回戦の試合など、そうそう簡単に見つからないものと思っていたが、わずか数時間である。
「ま、今はスタンドのいる観衆も映像を撮れるからな。探すのもAIなんか使ったりすればできるんだろう。我が妹ながらたいしたものだ」
と、2人して高幡舞の取材力を賞賛していたが、いざ映像を見てみると県のテレビ局が作っている正規映像であった。
三回戦の対戦相手が第一シードのチームだったため、放映していたらしい。
「褒めて損した」
高幡が苦笑いを浮かべる。
「あぁ、相手、学園石川か。俺達、試合したよ」
高幡が沢ノ町の対戦相手を確認して、この正月の選手権のことを思い出したように言う。
ある種の縁ではあるかもしれないが、後田がここで確認したいのは高幡のノスタルジーではなく、幸浦のことだ。画面を眺めて幸浦を探す。
「どこにいるんだ?」
一回、巻き戻す。メンバー表のテロップが出ないが、実況のスタメン報道を聞くと沢ノ町高校の10番として出ているはずだ。
「10番いるぞ。ほら、上」
「……髪長っ!? 全然別人じゃないか。何でスキンヘッドになってんだよ?」
「いや、それでも顔は落ち着いてみれば……分からん」
どちらもスキンヘッドが印象に残り過ぎていて、顔までは覚えていない。
ただ、名前は幸浦元気なので彼で間違いないのだろう。
前半20分が経過した。
「両チームの実力差があるから、全く出てこないな」
高幡が小さな欠伸をした。
既に学園石川が2点を取っており、幸浦は全く試合に関わってこない。
「このまま何もなく終了だと、ちょっと先行きが不安だな……」
そんな24分、2人にとって待ちに待ったシーンが訪れる。
リードを広げた学園石川がやや気を抜いたのだろう。沢ノ町がボールをカットして、中央を走る幸浦に渡す。
「おおっ!? 速い!」
ボールをもったまま前に進むスピードが追走する学園石川のDFとほとんど変わりがない。いや、ボールを持っていない選手よりも速い。
そのままゴール前まで一気に走り込み、左足を振り抜いた。
……が、へろへろとしたボールが力なくキーパーに転がる。
「……突破で体力を使い果たしたな」
「いや、でも、この突破は凄かったけれどな」
そんなこんなで一試合を観た。試合は5-0と学園石川が完勝。
フル出場した幸浦については。
「戦術的な動きは評価にならない。守備をやっているつもりなのかもしれないが、全く機能していない。攻撃に向けてのポジショニングの工夫もない。まあ、負け確定の試合だから雑にやっていたのかもしれないけど」
後田が戦術面についての感想を述べれば、高幡は技術的な話をする。
「ボールをもった時のドリブルは速い。これだけは凄い。ただ、シュートまで打ちきる体力はないし、右足は全く使えないみたいだから、相手としては対処が楽だな……」
「……シュートが打てるなら、追いかける時に使うとか手はあるのかもしれないが」
この試合映像を見た限りだと、使いづらい。
後田はそういう感想を抱いた。
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