第5話 朝食と戦術論

 翌朝、朝の食堂で後田はメンバー達と居合わせた。


「おはよ」


 挨拶をかわした後、昨晩、高幡とともに見た幸浦の感想を伝える。


「……適性的には本人が自己紹介で言ったように右ウィングなんだろうけれど、来週の紅白戦でそこに置くと大変なことになりそうだ」

「となると、とりあえずベンチか?」


 そう尋ねるのは、園口耀太。


 高踏高校ではキャプテンを任されていた存在で、高校時代に彗星のように現れた同校メンバーの中では唯一、小学校時代に全国大会に出た実績も持っている。


 後田は肩をすくめた。


「それでもいいんだけど、勝敗が絶対視されていない紅白戦で終始ベンチも可哀相だからね。練習の状況にもよるけれど、映像で見たくらいの動きをするなら試合の活躍は別として使いたいとも思う」


 使いづらいが、全く使えないわけではない。



 少なくともボールを保持した時の推進力はかなりのもの。


 そういう印象を抱いたことを告げる。


「ライバル校出身者も含めて、縦にパワーで進める選手はここ大稲田には進学していない。ボールを一気に運べる選手というのは、プロでも価値が高いから、粗削りでもああした能力は捨てがたいとも思う」


 後田の言葉に園口は「確かに」と腕を組んで頷いている。


「まあ、パワーにスピード、テクニックまである奴は早めにプロに行った方がいいだろうからな。即戦力でなかったとしても使えるかもしれないと」

「分からん。一試合を見ただけだから。その一試合が偶々大当たりの試合だったかもしれないし」


 仮にも全国大会に出たチーム相手に、惜しいシーンを独力で二回作れたのだから、ある程度の自信にはなっただろう。大学でもう一度頑張ってみたいと思ったとしても不思議はない。


 ただし、その一試合がまぐれ的にうまくいったという可能性もゼロではない。


 また、一般入試から入ったということは、しばらく練習をしていないはずだ。仮に選手権予選の日から試合をしていないとなると半年以上になる。体がなまっていたり、試合勘がさび付いていないか気になるところだ。



「仮に幸浦を使う場合、戦術的にどうするかはあいつに任せる」


 後田の言葉に全員が頷いた。どういう意味か予想がついたようだ。


「最前線にあいつを置いて、守備をどこから始めるかは基本、任せるつもりだ」

「戦術的な頭はゼロっぽかったからな」


 昨日、試合を見ていた高幡が頷いている。



 サッカーの守備では、もちろん個人の能力も必要となるが、より重要なのは連動性である。


 1人がプレッシングに行った場合に、残りのメンバーもそれに合わせて相手のパスコースを限定するべく動く必要がある。誰かが止まっていたり、間違った動きをしていたりすれば、そこが穴となり、簡単に次のパスを通されて一気にピンチを招く。


 ただし、誰かが動いた時にどう動くべきかということを幸浦は恐らく理解していない。


 そうである以上、幸浦に動いてもらってから、周りの者が合わせる方が良い。彼が最初に動くのがどの地点でどうプレスを仕掛けるかでチーム全体の戦い方が変わってくる。


 前からプレスを仕掛ければハイプレスになるし、ハーフウェー近くから守備に行くのなら引いたポジションからのスタートとなる。


 もちろん、ある程度の位置で守るように指示を出したいところだが、短期間で仕込むことも難しそうだし、まずは本人のやりたいようにやらせようという意図だ。



「前半は最前線に幸浦を置いて、後半は古郡を起用するイメージでいる。要は前線には速い奴がいる、というイメージでいてくれ」

「古郡を起用する後半も守備起点は古郡任せか?」

「……彼は我々のやり方を知ってはいるだろうけれど、一緒にプレーしたことはないからな」


 古郡穂積は100メートルを11秒で走る快足の持ち主で、高幡と同じ武州総合高校から進学してきた。対戦経験が何度もあるので後田のやり方は知っているはずだ。

 ただし、日本代表での経験はなく、一緒のチームでプレーしたことはない。短時間で完全に飲み込むのは難しいだろう。


「幸いというか、中盤とディフェンスラインは慣れたメンバーが多いから、陣形は高校時代と同様にコンパクトさを保って狭い地域でボールを取りに行く。ユースから来ている選手達は飲み込みが早いだろうから、ある程度慣れてもらいたいところだ」


 もちろん、それも当人次第で、やってみないと分からないところはある。


「ベストは尽くすけれど、果たしてどうなることやら」


 後田が首を傾げながら両手を広げた。周囲は「仕方ない」という様子だ。


「そもそも、2回くらいの練習で紅白戦なんていうのが無茶な話だしな」



 話が一段落ついたところで、陸平が声をあげた。


「ま、そのあたりの起用に関することは雄大に任せるよ。それじゃ、僕はここで」


 彼にしては珍しく、話に入ることなく聞いているだけだったが、食事を終えるのも早い。そのまま片付けに入り出発の準備に向かうつもりのようだ。


「随分早いな。そんなに急がなくてもいいんじゃないのか?」

「インフォメ・サッカーの取材があるんだよ。大学サッカー開幕ということで、明泉大や天王大の人と座談会やるらしくて、まず新宿まで行って、インタビューしてから小手指直行だよ」

「おぉ、さすがに人気者だな」


 実際、鞄まで用意していたようで、そのまま外へと出て行ってしまった。


「俺達も早めに行くか……」


 ある程度話が決まったこともある。残るメンバーも食事を急いで、登校の準備にかかった。

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