第3章 花を愛でる巨人

第10話 花を愛でる巨人①


 あるよく晴れた日の昼下がり、レイモンドがお茶を淹れていると、家の裏口が控えめにノックされました。


 レイモンドは、同じく家で作業をしていたペトロニーラと顔を見合わせます。


 魔女の家の正面玄関は、家が実際に置かれている森の中にありましたが、裏口は妖精の世界や地下など、様々な世界につながっていました。こちらから来る訪問者は、必ずと言っていいほど、人間ではありません。


「予約はあったかな」


 レイモンドが聞くと、ペトロニーラは首を横に振りました。


 突然の来客、それも裏口から。レイモンドは、守護の魔法が織り込まれているタリスマンが、首にかかっているのを確かめました。


 それから様子をうかがいつつ、ゆっくりと扉を開けてみると――そこには岩山だらけの場所で、目の前には巨大な緑色の足だけが見えました。


 見上げていくと、周囲の岩よりも背の高い、大きな大きな人が、足を揃えてちょこんと座り込んでいるのでした。


 座っているのに、その頭は山のてっぺんと同じくらいの高さにあります。服は獣の毛皮の端切れを繋ぎ合わせたものを巻き付けたような形で、膝先までありました。


「こんにちは!」


 レイモンドは両手を口の横に当て、巨人の顔に向かって呼びかけました。


 よく見ると、一つしか目がありません。一つ目の巨人、サイクロプスと呼ばれる者です。


「こ、こ、こんにちは……」


 サイクロプスは息だけ吐いたような声で言いました。小声で話しているようです。

それでも十分聞こえるので、もしかするとちゃんと声を出したら、レイモンドの家ががたがたと揺れてしまっていたかもしれません。


「あの、あの、あ、あの……ええと、えっと」


 サイクロプスは胸の前で手をぎゅっと握りしめて、前のめりになり、一生懸命何かを話そうとするのですが、喉が詰まったようになってなかなか出てこないのでした。


 レイモンドはうんうんとうなずきながら、小さくほほえみを浮かべて、言葉を待っていました。


 敵意はなさそうですが、用心に越したことはありません。巨人にその気がなくとも、少しつまずいただけで、山をぺちゃんこにしてしまうような身体を持っているのです。どんなことが起きても対応できるように、レイモンドは注意をはらうことも忘れていませんでした。


 そうしているうちに、少し時間が経ってしまったようです。きい、と扉が開いて、ペトロニーラが様子を見に来ました。


 すると、サイクロプスは目を見開いて、ペトロニーラのほうを見ました。


「あの、あの、よければ、あの、そちらのお姉さんと……」

「私ですか?」

「はい、あの、あの、すみません……いいですか?」


 レイモンドは口を挟まず、ペトロニーラの返事を待ちました。決めるのは彼女です。


 ペトロニーラは背筋を伸ばし、お腹の前で両手をそろえ、はっきりと言いました。


「私は魔女ではありません。魔女の使い魔です。それでもよろしければ、お話をおうかがいします」

「は、はい、大丈夫です……あの、おね、お願いします」


 サイクロプスはお尻を軸に身体を回転させて、家に背を向けました。


 ペトロニーラはレイモンドとすれ違いながら、すいと顔を寄せました。


「心配しないでください。何かあれば飛びますから」


 ペトロニーラが巨人の隣まで歩いていきます。


 レイモンドはしばらく様子を見守ってから、サイクロプスが動く気配がなさそうなのを見てとりました。それから二人が心置きなく話せるよう、家に引っ込んで、果物の用意をすることにしました。本当はお菓子の一つでも用意したかったのですが、今あるのはクッキーだけです。こんな巨人の爪よりも小さなお菓子なんて、きっと食べた気がしないでしょう。


 倉庫からできるだけ大きなものを選んで、果物の盛り合わせにして二人のところへ持っていくと、先ほどまでいたところに、ペトロニーラの姿がありませんでした。

それでも話し声は聞こえてくるので、顔を上げてみると、ペトロニーラはサイクロプスの肩に座って、ぽそぽそと話しているのでした。


「すみません、果物を持って来ました。よければ召し上がってください」


 レイモンドが遠くから声をかけると、二人は振り向きました。


「ありがとうございます」

「あ、あ、ありがとう、ございます」


 レイモンドは地面に布を敷いて、その上にお皿を置くと、ぺこりと頭を下げました。そしてまた家に引っ込んで、ペトロニーラがやっていた作業を引き継ぐことにしました。薬草を吊るして乾燥させておくのです。


 作業が終わり、レイモンドがお茶を飲んで一息ついていると、ペトロニーラが帰ってきました。

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