第11話 花を愛でる巨人②


「おかえり」

「ただいま戻りました」


 そう言うペトロニーラは、心なしか楽しそうでした。


「私に話してもいいことだけ、教えてくれるとありがたいな」

「ええ、もちろんです」


 サイクロプスには今日は一旦帰ってもらい、また明日来てもらうことにしたそうです。ペトロニーラはレイモンドの淹れた薬草入りのお茶を飲みながら、話し始めました。


「あの方は、お名前をリュペスというそうです。お願いしたい内容としては、ニンフのとある方に想いを伝えたいのだとか」

「ニンフか……」


 レイモンドは、よりによって、という言葉を飲みこみました。


 自然を司る精であるニンフと、サイクロプスの間には、深い因縁があります。


 昔、サイクロプスの青年が、ニンフの娘に恋をしました。しかし娘には、すでに恋人がいたのです。嫉妬で我を失ったサイクロプスは、岩を投げつけて、その恋人を殺してしまったのでした。


 それからというもの、レイモンドの知る限り、ニンフはサイクロプスを避けていますし、サイクロプスのほうも罰が悪いのか、ニンフと仲良くなろうとはしません。片方は海で、片方は山で、それぞれ暮らしているのです。


 きっと、サイクロプスのリュペスも、この件を知っているのでしょう。だからこそ、魔女に仲介を頼んできたものと思われます。


「リュペスさんは、とても気遣い屋さんです。終始私を脅かさないように、小声で話してくださいました。あまりにも声が小さいので、途中から肩の上で話を聞かせてもらったくらいです」

「そうだったんだ」


 レイモンドは相槌を打ちながらも、意外に思っていました。


 ペトロニーラは、やっぱり愉快そうでした。彼女がここまで他者を気に入っているのは珍しいことです。


「きみ、なんだか楽しそうだけど」


 はっきり言ってみると、ペトロニーラは一瞬だけ、小さく笑いました。


「それはそうです。リュペスさんは、とても純情な方ですから」


 レイモンドは、いよいよ状況が吞み込めません。ペトロニーラは、誰かの恋路にそこまで興味のあるほうではないのです。


 それに、彼女だって、サイクロプスの愛がもたらした悲劇を知っています。こんなに好意的な反応をする理由がよくわかりませんでした。


「わかりませんか? レイモンド」


 まだまだですね、とでも言いたげなペトロニーラに、レイモンドは昔を思い出しました。


 レイモンドに魔女としての在り方を教えてくれたのは、先代の使い魔であったペトロニーラでした。彼女は、レイモンドが小さな少年であった頃から知っています。


 以前はレイモンドも、このような聞かれ方をすれば、意地を張って考え続けたものですが、この魔女はもう、見た目ほど若くありません。


「教えてくれないかな、ペトロニーラ」


 困ったように笑って、降参しました。


 永く時を過ごし、頼りにされる魔女も、かなわない者がいるようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る