第4話 アフター・チェンジリング④


 暖炉の中で薪が燃え、炎がゆらめいています。


 採ってきた薬草とほかの薬草を混ぜて切り、すりつぶしているレイモンドをそばで見つめながら、ユールは出されたお茶を一口すすりました。甘くて、香ばしいハーブの香りがします。


 パセリはレイモンドの足元に寝そべり、ペトロニーラは窓辺で乾燥させていたハーブを取り込んでは、丁寧に布袋の中へ入れています。


「どうして男の人なのに、魔女になったんですか」


 ユールの問いに、レイモンドは作業の手を止めないまま答えました。


「私が普通ではなかったからですよ」

「う……」


 ユールがまごまごしていると、レイモンドは小さく口元に笑みを浮かべます。


「魔女や魔法使いというのは、使う術の違いによって呼称が変わるだけで、本来性別による違いはないのです。実際、魔女術を使うのは女性が多いので、魔女になるのは女性だけだと思われがちですがね」

「僕も女の人がなるものだと思っていました」

「ここに来る方は、ペトロニーラのことを魔女だと思う方が多いですよ」


 レイモンドは、細かく切った草を、すりこぎでゴリゴリと丹念にすりつぶしています。


「私からも質問させてください。ユールさんは、どうして普通になりたいのですか?」


 ユールは両手でカップを持ち、レイモンドのよどみない手の動きをじっと見つめました。何度も円を描く軌道を見ていると、螺旋の中に吸い込まれていくような気がしてきます。


 普通になりたい理由を、誰かに話したことはありませんでした。けれど今なら正直に話しても、レイモンドは笑わないと思いました。レイモンドにはそういう、誰かをいたずらに傷つけるような意地の悪そうなところも、理解できないものを突き放そうとするところもなくて、不思議な安心感があったのです。


「僕は、生まれた世界を間違えたような気がするんです」


 ユールはぽつりと言いました。


「僕の親は、僕が帰ってきてしばらくしてから、どこかに行ってしまいました。それから僕はひとりで生きてきました」


 ペトロニーラが暖炉の上に、水の入った小鍋を置きました。レイモンドはそこへすりつぶしたものを入れると、そばに座ってかき混ぜ始めました。


 レイモンドが手招きしたので、ユールは椅子を持ち上げ、レイモンドの隣に腰かけました。


「みんなは僕にしかできないことをやればいいって言ってくれます。だけど僕は、みんなができないことをやれるよりも、みんなと同じことを同じようにできたほうが、ずっとよかった……そんなことを言っても、わかってもらえないんだけど」


 レイモンドは黙って聞いているし、ユールは草の汁が鍋の中で煮え立つのをぼうっと眺めています。


「なんだか僕は、ずっとひとりなんです」


 しばらく、鍋がぐつぐつと煮える音と、パセリの寝息が聞こえていました。ペトロニーラは家の奥の扉へ入ったきり、戻ってきません。


 それはユールにとって心地よい時間でした。レイモンドがユールの言葉を受け止め、咀嚼してくれているのがわかったからです。


 水の量が少なくなると、レイモンドは布で小鍋の柄を持って、火から下ろしました。薄布で漉しながら、作業机の上にある器の中に注ぎ入れると、ユールの顔を見ました。


「ユールさん。私はもう一つ、あなたに謝らなければならないことがあります」

「なんでしょうか」

「誰かを普通にする薬なんて、私には作れないのです」

「えっ……」


 ユールはうろたえました。それなら、採ってきた薬草は? 今目の前で作っている薬は何なのでしょう。


 レイモンドは、ユールの目をのぞきこむようにしています。


「あなたがこれまで見てきたものの中で、普通のものがありましたか? ここにいたのは、普通の豚で、普通のフクロウで、そして、普通の魔女でしたか」

「いいえ」


 ユールは首を横に振ります。


「けれども、これが私たちの普通です。パセリは私と話をするし、ペトロニーラは空を飛んで私を見守ってくれるし、私は男ですが魔女をしています。普通というのは、簡単にひっくり返ってしまう、曖昧な概念なんですよ」


 レイモンドの言葉には、説得力がありました。今となってはユールも、自分が信じてきた普通というものが、よくわからなくなっています。


「……でも、それなら僕は……」


 ユールはうつむきました。


「これから、どうすればいいんでしょうか」


 せっかく魔女のところに来たというのに、このまま帰らなくてはいけないのでしょうか。


 普通ではない自分にうんざりしながら、これからもずっとひとりで、苦しく生きていかなくてはならないなんて。

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