第5話 アフター・チェンジリング⑤
レイモンドは、静かな声で語りだしました。
「数日前、ある人間の男性が、私を訪ねてきました。彼もまた、話す豚に驚き、フクロウが人間の姿に変わったのを見て声をあげ、ペトロニーラのことを魔女だと思って、こう言いました……『どうか、僕を普通にしてくれる薬をください』」
ユールの目が見開かれ、灰色の皮膚に赤みが差していきます。
まさか、いやそんなことは……けれど、それが本当なら、どんなに。
「それって、もしかして」
レイモンドはしっかりとうなずきました。
「彼は人間で言えば、あなたと同じくらいの年頃でした」
ユールは――夜に生き、鍛冶や採集を得意とする妖精、トロールは――今や身を乗り出していました。
「魔女様は、彼になんて言ったんですか」
「普通になれる薬を作ることはできない、とお伝えしました。その後、人間が好きで、比較的安全な妖精が集まっている妖精塚の場所をお伝えしました。彼はそこに、しばらく通ってみると言っていました」
ユールはその子に会ってみたい、と思いました。しかし、すぐにそう言うことはできませんでした。
自分は人間にとって『普通』ではありません。背も低いし、肌の色だって違います。
それに、自分だって、人間と話したことは、取り替えられていた時以来なくなっています。周りと感じるずれを、その子にも感じてしまうかもしれないと思うと、怖かったのでした。
けれど……自分と同じように、レイモンドのところで『普通』がひっくり返ったところをたくさん見た彼ならば、そして自分ならば、お互いに受け入れ合えるのではないでしょうか。
ユールは、そう信じたかったのでした。
「僕にも、その場所を教えてください」
言ってから、ユールは「ああ」と残念そうに声を漏らし、しょんぼりと沈み込みました。
「僕らって、太陽の光に当たってはいけないんです。きっと人間なら、昼に妖精塚に行きますよね。彼らにとって、夜は危ないことだらけだし……それなら僕たちが出会うことは、とっても難しくなるはずで……」
ところが、魔女は落ち着いたものでした。
「だから私は、これを作っていたんですよ」
器から煎じ薬をさじですくいとり、小瓶の中に注ぎ入れていきます。ユールが言葉を待っていると、魔女はほほえみました。
「この薬は、普通になれる薬ではありません。一時的にではありますが、太陽の光に当たっても、滅びることのないようにできる薬です」
ユールの体の内側に、じわじわと喜びが湧き上がりました。
同じ思いをしている片割れ。彼に会い、悩みを共有できるのなら、きっと普通がひっくり返った世界でも、もうひとりじゃありません。
玄関先でまだ温かい小瓶をカバンにしまうと、ユールは姿勢を正しました。
「魔女様、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「あの、お代は本当に、あれだけでよかったのですか?」
ユールは持ってきた宝石をいくつか渡し、良質な鉱石がよく採れる場所をレイモンドに教えていました。もらった恩恵に比べれば、ほんのささいな代償に思えたものです。
「ええ、あなたがたの種族の目利きは確かです。それに、薬草探しも手伝ってもらいましたからね」
「ほとんどパセリさんが見つけてしまいましたけど……」
ユールの視線を受けて、えへん、とパセリが胸を張りました。
「結果的にそうなりましたが、私はトロールほど夜目がききませんし、豚のように鼻がよくもありません。しかしあなたが夜の間に帰れるようにするには、今、足りない薬草を探しに行くしかありませんでしたからね」
「ありがとうございます。魔女様」
「レイモンドでいいですよ」
帽子を胸に、深々と頭を下げたユールに対して、レイモンドは片手を差し出しました。ユールは笑顔になって、その手を握り返します。
「レイモンドさん、また来てもいいですか」
「いつでもいらっしゃい。今度はきっと、ふたりで」
魔女の声は、夜風のように穏やかでした。
――とある島国の東の岸辺、蒼き森には魔女が住む。
あまねく世界を知る魔女に、作れぬ薬はないのだそう――
――ただしそれが、薬の形をしているとは限らないけれど。
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