第2話 アフター・チェンジリング②


 魔女の家から遠ざかるにつれて、夜の森が二人を包み込みます。先を行くレイモンドの黒いローブが闇に溶け込みそうになる中、金髪を目印に、ユールは一生懸命になって続きます。


「ユールさん」

「は、はい」


 いきなり話しかけられ、ユールの声が裏返りました。


「普通になりたいというのは、どういうことですか?」

「……」


 すぐには答えないユールに、レイモンドは顔だけで振り返ります。


 困ったような顔をして笑いながら、ユールは肩をすくめました。


「どういうことって……そのままですよ。僕って普通じゃないんです。村でもよく、変わってるって言われますし」

「変わっていることは、悪いことではないでしょう」

「そういうことじゃないんですよ」


 さみしそうに、ユールは言いました。少ししてから、そういうことじゃないんです、と繰り返してつぶやきます。


「僕には、村のみんなが当たり前にできていることができないんです。例えば村のみんなは、お互いにすぐ仲良くなることができますが、僕は違います。僕が仲良くしようと振る舞っても、気がつくと周りはみんな友達になっていて、僕だけなじめていないんです」

「なるほど」


 レイモンドは短く相槌をはさみました。声色に侮蔑も嘲笑も混ざっていなかったのを聞き取って、ユールはほっとしました。


「仕事にしたってそうです。みんなは鍛冶を上手にできますが、僕はだめです。どんなに工夫しても、どんなに努力しても、小さな子でさえ作れるものもうまく作れませんでした」

「どうしてですか?」

「不器用なんです。みんながわかっている力加減や、どんな角度で叩けばいいかということが、僕にはわからない。もちろん師匠には何度もやり方を教えてもらいましたし、うまくできる人にはコツを聞いてみたりもしました。だけど、結果はいつも同じです」


 さくさくと草を踏む音に混じって、どこからかフクロウの声が聞こえます。


「他にもたくさんあるんです。普段暮らしていて、いつもいたるところに、僕と周りとのずれを感じます。みんなが口に出さなくても、わざわざ意識しなくてもできることを、僕はひとりだけ、うんと気をつけないとできない」


 事情を説明しながらも、ユールは心のどこかで、冷めた自分を感じていました。


 きっとレイモンドには、自分の苦悩はわからないのでしょう。


 今まで何回も、ユールは村の者に相談してきました。それで返ってきた言葉は、大体同じようなもので。


 『みんな同じような悩みを持っている』『努力が足りないだけ』。


 それはユールが何百回も自分にかけてきた言葉たちでした。


 ユールは意を決して言いました。


「……僕、取り替え子だったんです」

「生まれたばかりの人間の子どもを、妖精が自分の子どもと取り替えることですね」

「そうです」


 取り替え子、またの名をチェンジリングと呼ばれています。


 赤ん坊を一人にしておくと、妖精がさらってしまい、代わりに自分たちの子どもを置いていきます。防ぐためには、子どもの枕元に妖精が嫌う鉄の刃物を置いてお守りにします。もし取り替えられたことがわかったら、暖炉の上に妖精の子どもを吊るして、親が慌てて取り戻しに来るのを待つといいそうです。


 ユールは浅く息を吸いました。


「僕は生まれたばかりの頃に取り替えられました。その後の対応が遅れて、僕が親元に帰るまでに三年かかりました。僕はその間、向こうの世界のことわりと一緒に育ちました。だから、僕はこちらの世界で、普通に生きられなくなってしまったんだと思います」

「そうだったんですね」


 レイモンドは返事をすると同時に立ち止まったので、話すのに気を取られていたユールは、そのまま彼の背中にぶつかってしました。


「ご、ごめんなさい」


 ユールが鼻を押さえて謝罪すると、レイモンドは首を横に振って、周囲を手で示しました。


「このあたりに欲しい薬草があるはずなんです。ユールさんも探してくださいますか」

「どんな薬草ですか?」

「細長い茎に、白くて小さな花弁がついています。葉の形はギザギザとしていて、表面に細かい毛が生えています。この薬草が五株ほど必要です」

「わかりました」


 さっそくユールは足元に目を落として、薬草を探し始めました。月光が当たっていないところはひどく暗いが、目が慣れてきてからざっと眺めまわすようにすると、またたく星のように白い花をつけた薬草を一株、すぐに見つけることができました。


「レイモンドさん!」


 自分でも特徴と合致しているか確かめてから、レイモンドに薬草を見せました。レイモンドはてのひらに広げて葉の形を確認すると、うなずきました。


「はい、これで合っています。ありがとうございます」

「よかった。あと四株ですね」

「さすが、見つけ出すのが早いですね」


 ほほえみとともに褒められて、ユールの胸にあたたかな思いが広がります。


 残りの薬草も早く見つけ出してしまおうと、ユールは張り切って捜索を続けました。


 夢中になっていたユールは、ふと、すぐ近くから物音が聞こえてくるのに気づいて、動きを止めました。


 下生えをガサゴソといわせながら、何かがこちらに少しずつ近づいてきています。動物でしょうか。


 狐か、兎か……まさか、狼?


 ユールの体からさっと血の気が引きました。レイモンドに声をかけようとしましたが、いつのまにか彼の姿が見えなくなっています。薬草を探しているうちに、距離が離れてしまったのです。


 音はだんだん近づいてきます。


 ユールは固まった体を無理やり動かして、近くの木に飛びつきました。枝に手をかけて登ろうとするが、すぐに折れてしまいます。幹のこぶに指をかけますが、皮がはがれて、なかなか登れません。


 ユールの息が荒くなります。背中は汗でびっしょりです。


 こうなったら一か八か声をあげて、レイモンドを呼ぶしかないと思った時、近づいてきた何かが姿を現しました。

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