第43話 【異伝】 白村江 2

 ここは出雲国の北端、神と人との境を司る佐太神社。

 主神・佐太大神様は境界を守る神として知られています。

 そのお姿ゆえに、同じ道案内の神である天津神・猿田彦様と混同されることもありますが、本来はまったく別の神様です。しかし、同じ領域を司るがゆえに二柱は仲がよく、互いの社を行き来する、稀に見る友誼で結ばれていました。


 神在月が迫るある日のこと。

 静かな社殿に、急を告げる波が走りました。


「事代主から緊急連絡、だと? 珍しいな。」


 普段は穏やかな事代主様が「急ぎ」と言うなど、滅多にないことです。

 佐太大神様はただちに文を開かれました。


「……これは一大事だ。日の本の国防に関わる。すぐに猿田彦に伝えねば。」


 幸い、猿田彦様は神謀りのために佐太神社に立ち寄っておられました。佐太大神様はすぐに猿田彦様の部屋に向かい、事代主様の急報を説明しました。


「……ふむ、状況は理解した。これはすぐに高天原に上奏せねばなるまい。」


 猿田彦様は深刻な表情で立ち上がられました。


「ただ、今の大和朝廷は蘇我氏滅亡の余波で揺らいでおる。中臣鎌足は切れ者だが、政治体制の立て直しはまだ途上……。この急変に間に合うかどうか……。」


 その日のうちに猿田彦様は高天原に上奏し、天津神の間に衝撃を走らせました。

 その一方で、出雲では「例年とは異なる神謀り」が始まりました。

 例年どおりであれば、大国主命様からの天叢雲剣の封印報告を終え、今年の災害情報の共有に移行するのですが……


「今年はもう一件、報告がある。韓半島と大陸の情勢についてだ。韓半島の新羅と高句麗、百済の近況を確認したところ……」


 事代主様、タクズダマ様、アマテヒメ様の三柱がまとめた推論を聞き、国津神たちはざわめきました。昔から百済と大和朝廷の結びつきは深く、新羅とは険悪だったからです。もし新羅が半島を制すれば、日の本の海路が脅かされかねません。


「それは一大事にございます!宗像としても直ちに西海の情報収集に当たります!」

「対馬と大宰府の防衛強化が急務ですね。鎮西の神々にも助力を求めましょう。」

「輸送力も強化しなければ。造船を進めて船の数を増やし、博多を基点とした対馬への補給路を整えます。」


 宗像三女神様が口火を切ると、西国の神々も次々に物資や兵員の協力を申し出られました。


「ありがたい! 私も対馬の城塞化に着手しよう!」

「黄海方面の通商路については、私が情報網を強めます。」


 タクズダマ様は対馬の軍備強化を、アマテヒメ様は情報網強化を担当。

 こうして国津神の間で、迅速な協力体制が固まりました。


 こうして、その年の神謀りは前例のない結論へと至ります。

 国津神が主導する、西海における国防体制と情報収集の全面的な強化。

 半島情勢がいつ火を噴くか分からぬなかで、国津神たちは急速に日の本の守りを整え始めたのです。

 しかし国津神様が協力体制を築いた一方、大和朝廷はいまだ混乱の渦中にありました。

 この異変にどう向き合うのか、誰もまだ知りませんでした。

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