第42話 【異伝】 白村江 1

 昔々の物語。

 日の本で政権中枢を担っていた蘇我一族が滅亡し、後に「大化の改新」と呼ばれる政変が起こったころの話です。


「……何かがおかしい。」


 その始まりは、本当にわずかな変化でした。

 交易量の減少、生産力の乱れ、徴兵の増加。

 それぞれは小さな波にすぎませんが、すべてを集めて眺めたとき、日本海の通商を司る事代主様は、はっきりと異常を感じ取ったのです。


「新羅が繁栄する一方で、高句麗の国力が急激に落ちている……妙ですね。」


 確証を得るため、事代主様は急ぎ最前線である対馬へ向かわれました。対馬の国防の神・多久頭魂(タクズダマ)様と、通商の神・阿麻氐比売(アマテヒメ)様の二柱と情報交換を行うためです。


「百済・新羅・高句麗、それぞれの現状について伺いたいのですが。」


 事代主様の問いに、最前線の二柱は「やっと相談できる」と言わんばかりの反応で説明を始めました。


「百済の情勢は、正直かなり危うい。防戦一方だ。だが新羅は攻勢を長く続けているのに、補給が途切れる気配がない。」


 軍神タクズダマ様の違和感に続いて、アマテヒメ様も口を開かれます。


「新羅と大陸の唐王朝との流通が増えています。逆に百済と唐との荷動きは明らかに減少。高句麗は唐王朝との再対立で、通商がほとんど止まっています。」


 対馬と出雲で集めた断片的な情報を照らし合わせた事代主様は、しばし考え込まれ、そして静かに結論を述べました。


「……唐王朝が新羅と密約を結んだ可能性が高い。新羅は百済を、唐は高句麗を狙っているのでしょう。」


 事代主様の推論を聞いた二柱は仰天しました。


「なっ……それが事実なら、西海の国防が根こそぎ変わるぞ!」

「これまで築いてきた交易路が失われます!情報網も海路の安全もひっくり返りますよ!」


 二柱が顔色を変える中、事代主様は深くうなずきながら、もはや避けられない未来を見据えておられました。


「国津神の一同には、来月の神謀りで父上(大国主命)から話していただきましょう。大和朝廷へは、佐太大神様から高天原に上奏し、そこから伝えていただくしかありません。」

「百済と高句麗にはどう対応を?」

「直接介入すれば、日の本が半島の戦火に巻き込まれます。それに大和朝廷は先の政変で混乱しています。蘇我氏粛清の余波で官僚機構も半島の情報網も乱れています。 回復には時間が必要でしょう。」


 二柱は顔を見合わせ、お互いの役割を再確認しました。


「となると……わしに今できるのは、対馬の防衛強化か。」

「私は西海……特に黄海方面の監視ですね。大宰府の防衛力向上も急務です。」

「では、私から宗像三女神様に西海の情報収集と防衛強化をお願いしておきます。対馬への兵員と物資の補給体制も整えておきましょう。」

「「よろしくお願いします。」」


 二柱はそろって深く頭を下げました。

 こうして、日の本の神々による静かな戦時体制が始まったのです。

 これから神々の判断は、人の世にどのように影響するのでしょうか。

 そして人々は、神々の警告に応えられるのでしょうか。

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