第34話 【こぼれ話】 出雲大社 3

「さて、本殿の前まで来ましたが、ここにほら、先ほど言っていた三本の丸太を束ねた柱、『心御柱(しんのみはしら)』の大きさを示す円が三つ。」

「でっかいっすね……。柱一つがこんなにでっかいんすか……。」

「ええ。『昔はもっとすごかった』はよくある話ですが、その手掛かりが本当に見つかるとは。当時の研究者はみんな腰を抜かしましたよ。」

「こんな柱の跡が見つかったら、そりゃ腰抜かすでしょう。考古学会は大騒動だったんじゃないっすか?」

「そりゃもう。それまで出雲は『風土記だけが残る国』、つまり『記録は多いのに遺跡が見つからない国』とまで言われてましたからね。」

「……なんかバカにされてません?」

「実際そうでした。記述は多いのに、考古学的な裏付けがない。『本当にあったのか?』と散々言われていたんです。」

「……出雲の研究者、血の涙流してそうっすね。」

「それが一転したのが、昭和六十年(一九八五年)の神庭荒神谷遺跡の発掘です。」

「ああ、隣の歴史博物館にある銅剣っすね。」

「はい、あの銅剣です。しかもただの発見ではなく、その数が尋常じゃありませんでした。日本全国で出土した銅剣を全部合わせても足りない、三百五十八本が一度に出てきたんです。銅鐸、銅矛なども複数見つかっています。」

「……出雲の研究者、狂喜乱舞っすね。」

「さらに続きます。平成八年(一九九六年)、加茂岩倉遺跡から三十九個の銅鐸が一挙に出土しました。こちらも全国最多。古代王国・出雲の名を決定づけました。」

「もう発見ラッシュじゃないっすか。」

「そして平成十二年(二〇〇〇年)、この心御柱が発見されたんです。伝説と史実がつながった瞬間でした。」

「出雲の研究者、飛び跳ねて喜んだでしょうね。」

「ええ、実際ダンスを踊ったかはわかりませんが、気持ちは踊っていたでしょう。長年『空白地』と呼ばれた出雲が、一気に古代史の中心に躍り出たのですから。」


「さて、こうして古代から続く出雲大社ですが、当然ながら何度か建て替えられています。現在のものは江戸時代の建築です。部分的な修理はその後も何度か続いていますが。」

「でもこの建物、何回見てもなんか独特っすね。他所の神社とは構造が違うような……。」

「よく気づいてくれましたね。この構造は大社造(たいしゃづくり)と呼ばれる、出雲独特のものです。当然ながら、ここ出雲にしかありません。」

「あ、やっぱり特殊な建物なんですね。」

「はい。ちなみに大社造として現存最古の社は、松江市にある神魂神社(かもすじんじゃ)です。天正年間の建造で、出雲に三つある国宝建築の一つに指定されています。」

「へー、そんな貴重な建物があるんすね。」

「ええ。神魂神社の本殿を見ると、いわゆる大社造が、弥生時代の高床式倉庫の構造を引き継いでいることがよくわかります。昔の人は稲を守る倉庫を、神様の御座所に変えたんですね。」

「教科書で見たあの倉庫が、ここにつながってたとは……。」

「まあ、建物の話はまた改めてじっくりやりましょう。」

「了解っす。あ、あの本殿の裏にある小さなお社、あれは何ですか?」

「須佐社(すさのをのやしろ)ですね。ここには素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祀られています。あの後ろに見える大きな岩山が、そのままご神体とされています。」

「でっかい岩山……まるで山そのものが神様って感じっすね。」

「ええ、古代の信仰は自然そのものを神としてきましたからね。そうそう、この須佐社にはちょっとした風習があるんですよ。」

「へ?風習?」

「稲佐の浜で拾った砂を、須佐社の裏にある箱に奉納し、その先の箱に入れてある砂を持ち帰るんです。そうして得た砂は清めの砂と呼ばれ、家に撒くと厄を祓うとされています。」

「なんかRPGの隠しアイテム回収みたいっすね。」

「ははは、確かに。けれど、そういう遊び心のような信仰のかたちは、昔からずっと変わらず続いているんです。神様と日常が地続き…それが出雲の文化なんですよ。」

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