第35話 【こぼれ話】 出雲大社 4

「さて、ぐるっと回ってみましたが、この本殿の両脇にずらっと並んでいる建物が、最初に言っていた十九社(じゅうくしゃ)です。神在月の間、全国から集まった神さまたちは、ここに滞在されるとされています。」

「おお、これが神さまの宿舎っすか。」

「ええ。いわば“神さま専用ホテル”ですね。」

「ちなみに、集まった神さまたちはここで何をするんですか?」

「要するに会議です。天候の調整から五穀の収穫、人と人との縁など、いろんな議題が並ぶんですよ。」

「なんか議題が尽きなさそうっすね。」

「それを『神謀り(かむはかり)』といいます。人の運命から世の中の流れまで、神々が相談して決める、まさに神会議ですね。」

「なるほど、そりゃ重要会議だ……。でも今の成婚率とか聞いたら、神さまも頭抱えてそうっす。」

「ふふ、確かに。縁結びの神といっても、最近はなかなか苦労が多いかもしれませんね。」

「……ノーコメントっす。」

「まあ、現代社会の縁結びは難しいですからね。さて、この会議に全国の神さまが集まると言っても、中には来られない神さまもいます。」

「え? 全員集合じゃないんすか?」

「はい。一番有名なのが諏訪大社の建御名方神(たけみなかたのかみ)です。信濃の国、つまり今の長野県・諏訪湖の神さまですね。」

「どうして参加しないんすか?」

「諏訪の伝承では、自分の姿が龍神だから、出雲の十九社には大きすぎて入れない、とされています。」

「なるほど。神さまサイドの事情っすね。」

「ええ。ただし、出雲の神話ではちょっと違うんですよ。」

「お、出た。別視点。」

「建御名方神は、出雲大社の主神・大国主命(おおくにぬしのみこと)の息子とされています。ですが、大国主命が国譲り、つまり出雲を天照大神の子孫に譲る決断をした時、息子の建御名方神は猛反対したんです。」

「ははあ、親子ゲンカっすか。」

「そう。そして大和から来た使者、建御雷神(たけみかづちのかみ)と力比べをして、敗れてしまいます。その時、肩から両腕を落とされたという伝承が残っているんです。」

「うわ、エグい……。」

「この両腕を失った姿から、手のない生き物=蛇=龍と連想され、のちに諏訪湖の龍神として祀られるようになった……そんな話もあります。」

「いやな連想っすね。」

「そうして建御名方神は出雲を追放され、諏訪の地に住むようになったのですが、神謀りとなると、出雲から見れば呼ぶはずもなく、諏訪から見れば参加するはずもありません。」

「そりゃ気まずいなんてものじゃないでしょうね。」

「でも、出雲から追放された神さまが、水の神として新しい場所に安住の地を得たと考えれば、これは争いの続きではなく、長い年月をかけた和解の物語なのかもしれませんね。」

「……あー、なるほど。国譲りの痛みを受け入れた結果、新しい繋がりが広がっていったと。」

「はい。表向きは対立していても、出雲と諏訪は今も水と縁でつながっているんですよ。」

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