第31話 【外伝】モテない神さま(下)
「ぐぬぬ……き、筋肉痛が……。」
「ふん、身体を使わぬ知恵の神が無茶をするからですよ。」
「そういうお主は、うつぶせのまま起き上がりもできんじゃろうが。」
「仕方ないでしょう!巫女たちに『こちらもお願いします』なんて頼まれたんですから!わかりませんか?女の子に頼まれて、ついつい引き受けてしまう心境が!」
「やれやれ、若いってのはうらやましいことじゃ。」
次の日の朝のこと。
オモイカネ様とフツヌシ様は、そろって寝床から起き上がれずに苦労しておられました。どうやら社の巫女たちにいろいろ頼まれてしまい、つい引き受けてしまったらしいのです。
「何やっとるんだ、フツヌシ。……って、オモイカネのおっさんまで。」
「おお、タケミカヅチ。早いのう、もう信濃から戻ってきたのか。」
「俺は雷の神だからな。信濃なんぞすぐそこさ。んで?せっかくの直会なのに、のんきなこった。」
「いや、ちょっと薪割りをな……。」
「井戸の水くみと、米俵や酒樽の運搬もしましたね……。」
「ホントに何やっとるんだ。」
信濃への使いを終えて戻ったタケミカヅチ様は、寝転んだまま呻いている二柱を見て、あきれ顔です。
「やれやれ。何だかわからんが、俺はクシナダヒメ様に報告せにゃならんからよ。また後でな。」
「「おう、行ってこい。」」
タケミカヅチ様が部屋を出て行かれ、しばし静寂が訪れました。
と、そこへ――
「あの……。オモイカネ様とフツヌシ様は、こちらにいらっしゃいますか?」
若い女性の声がします。
思わず顔を見合わせた二柱ですが、とりあえず返事を返しました。
「はい、おりますよ。」
「どちら様かな?」
「この社に仕える巫女を代表して参りました。お二方には、私どもの仕事をお手伝いいただきまして、ありがとうございました。」
昨夜の奮闘に対するお礼を伝えに来たようです。
「それでその……神さまの直会とは別に、私どもでもささやかな宴席を設けました。お二方さえよろしければ、ぜひご参加いただけませんでしょうか? 巫女や神職一同、お礼を申し上げたいと申しております。」
「ふむ、わしは直会でも少し話があるからのう。フツヌシ、お主はそちらに参加してきたらどうじゃ? わしから皆に伝えておくぞい。」
オモイカネ様、なにやら察して気を利かせられたようです。
ところが――
「いや、私はタケミカヅチとの話などがありますので、中座は少し難しいかと。お気持ちだけ受け取っておきますよ。」
……オモイカネ様、急に頭が痛くなってこられたようです。巫女も少し残念そう。
「そうですか……残念ですが、致し方ありませんね。それでは、失礼いたします。」
そう言って、巫女は静かに下がっていかれました。
「お主、せっかくの好意を……。」
「え? いや、しかし予定もありますし、直会を中座するわけにはいかんでしょう。」
「お主……昨夜、わしらが何をしたのか覚えとらんのか。」
「え? そりゃ、薪割りと水くみと米俵や酒樽の運搬と……。」
「それを中座しているとは言わんのか?」
「……もしかして、そっちに行っても良かったのですか?」
「やれやれ、せっかくの好意を向けてもらったのに、この有様か。道理でモテんわけじゃ。」
「……。」
ようやく気づいたフツヌシ様。
せっかくつかみかけたご縁を、自分の手で叩き壊してしまったようです。
「そ、そうなのですか? あれは、女の子からの誘いだった?」
「見事に叩き壊したのう。まったくお主というやつは。」
フツヌシ様、ショックでしばらく立ち上がれなかったとか。
一方そのころ――
「お疲れさまでした、タケミカヅチ様。急な用事をお願いしてしまい、申し訳ありません。」
「いや、これくらいお安い御用ですよ。いくらでも言ってくださいや。」
「ありがとうございます。それで、あの子は元気そうでしたか?」
「元気なもんですよ。諏訪の神さまとして村の信頼も得てますし。クシナダヒメ様のおむすびも喜んで食べてました。」
「あらあら、そうですか。あの子に喜んでもらえたなら。作った甲斐がありましたね。」
かつての雷神タケミカヅチ様も、この場ではすっかりおとなしいもの。
オモイカネ様がこの姿を見たら、腰を抜かしたかもしれません。
「ところで、さっきオモイカネのおっさんとフツヌシが寝込んでましたが、なにかあったんですか?」
「ああ、昨晩ちょっともめごとがありましてね。でも、さきほど巫女たちがフツヌシ様とお食事したいと言っておりましたから、すぐ元気になるでしょう。」
「へえ、あの細かい男にも春が来そうですか。」
「これで少しでも自信をつけてくれればいいんですけどね。」
クシナダヒメ様はくすくすと笑われました。
――もちろん、フツヌシ様がその機会を自ら潰したことは、まだご存じありません。
さてさて、今夜の直会は……またどんな騒ぎになることやら。
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