第30話 【外伝】モテない神さま(中)

 さて、宴の席を抜け出した二柱――オモイカネ様とフツヌシ様――は、万九千の社の外でにらみ合っておりました。

 知恵の神さまと戦いの神さま。司るものはまるで違えど、意地とプライドの強さだけは妙に似通っておったようです。


「若造が無礼な口を……その鼻っ柱、へし折ってくれるわ!」

「モテないのをこじらせた老害が何をおっしゃるやら! 叩きのめして、本音を引きずり出してやりますよ!」


 ……どう考えても、どうでもいい口論でございます。

 しかし神々のこと、いつのまにやら腕まくりまで始めてしまいました。もはや引くに引けぬ意地の張り合い。


「とりあえず止めに入るか。」

「お待ちください、大国主命様。ぶっちゃけ、あなたが出たら余計こじれます。」

「なんで?」


 止めに行こうとした大国主命様を、すかさず少彦名(すくなひこな)様が止められました。

 ……まあ、確かに。幸せそうなリア充神が仲裁に出たら、火に油を注ぐだけでしょうな。


「しかし、このままでは宴の席が……あ。」

「え?何か……あ。」


 お二方が目を向けたその先に、赤ら顔の神さまがおられました。

 お酒に酔ったのか、怒りで血が上ったのか。素戔嗚尊様が、腕まくりをして睨みあう二柱の前にどっかと仁王立ちになられたのです。


「お前たち、ずいぶん力が有り余っているようだな。」

「え、いや、その……。」


 その眼光たるや、かつて八岐大蛇をにらみ斬った時と変わらぬ鋭さ。

 戦の神さまとは言え素戔嗚尊様の神格とでは差がありすぎるため、フツヌシ様はたちまち口ごもってしまいました。古参とはいえ知恵の神さまであるオモイカネ様もさすがに言葉を失います。


「待て、スサノオ。わしはただ無礼な若者に……。」

「腕まくりするほど力が余ってるなら、もっと別なことに使え。知恵の神が何をしておる。」


 何とか弁解しようとしたオモイカネ様の言葉をあっさり封じてしまい、周りを見渡す素戔嗚尊様。ちょうど社の外で、神職たちが苦労して薪を運んでいる姿を目に入れました。


「おまえら、そんなに身体を動かしたいなら、外で薪割りでも手伝ってこい。それとも……わしの遊び相手をするか?」


 その一言に、空気が凍りつきました。


「と、突然薪割りがしたくなってきた! さあ汗を流すぞい!」

「わ、私も薪割りします! 薪割り大好き!」


 二柱は顔を見合わせる暇もなく、全力で薪場へ駆けていきました。その背を見送りながら、素戔嗚尊様は残りのおむすびを一口にほおばり、いつもの無愛想な表情に戻られました。クシナダヒメ様はやれやれと首を振って、苦笑いをしながら素戔嗚尊様の袖を直して差し上げております。


 こうして、モテない神さまたちの争いは、あっけなく幕を下ろしたのでした。


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