第4話 神魔激突

 八岐大蛇(やまたのおろち)


 その巨体は山を削り、谷を埋め、田畑を蹂躙し尽くす。

 その牙は巨岩を砕き、その毒は川を腐らせ、森を黒く枯らす。

 大地にのたうつ八つの頭。それはまるで、この世に災厄が形を持ったかのようなおぞましい姿。

 出雲の民がおびえ続け、神々ですら近寄ることのなかったその魔の存在に、ただ一柱の、「堕ちた神」が挑もうというのです。


 素戔嗚尊(すさのおのみこと)


 かつて高天原を追われ、地上に流された神。

 しかし、湯村の郷の薬湯で穢れを祓い、仁多米のおむすびで滋養を得、クシナダの涙によって彼の心に義侠心が培われ、再び神としての力が宿ったのです。

「その身が引き裂かれんばかりの悲しみの中、涙をこらえて、懸命にもてなしてくれた。そんな優しき親子を、見捨てることなど断じてできぬ……。」

 そう呟きながら、素戔嗚尊は剣を携え、斐伊川の源流、船通山の地へと足を踏み入れました。


 そこは、大地の奥底から唸るような地鳴りが絶えぬ場所。毒霧が立ちこめ、草木は枯れ果て、鳥すら鳴かぬ死の山でした。

 そして、その山に現れしは、大蛇・八岐大蛇。

 八つの頭が天を衝き、その尾が大地を打ち砕きながら、大蛇は呻き声のような咆哮をあげました。その声は山々を震わせ、流れゆく川の水を、逆流させるほどの凄まじさです。

「堕ちた小さき神よ……。あの贄の娘を差し出さぬのならば、貴様が、我が血肉となれ!!」

 素戔嗚尊は何も言わず。ただ静かに剣を抜き、一歩、前へと踏み出しました。

 それが――死闘の始まりでした。


 激しい戦いが続きました。

 大蛇の尾に叩きつけられて何度も地に伏し、鋭い牙に肉を穿たれ、毒の霧に肺を焼かれながらも、それでも素戔嗚尊は立ち上がりました。

 優しき民のために。

 優しき親子のために。

 斬っては躱し、刺しては退き。やがて、その剣は少しずつ大蛇に傷を負わせ、ついには一つ、また一つと大蛇の首を刎ねてゆきました。

 昼と夜の境も分からぬほどの長き戦いの果てに、最後の一つとなった大蛇の首が斐伊川の渓谷に落ちたとき。

 大蛇の咆哮が消え、船通山の地は、深い、深い静寂に包まれたのです。

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