第26話 理奈の狂気

「はぁアキと一緒に帰りたかったな」


 終業式を終えてアキと別れた私はブラブラと学校の周りを歩きながら呟く。

 本当は用事なんてないんだけど、なんとしても確かめておきたいことがあったからこうやって嘘をついて一人で行動しているわけだ。


「一人でここら辺を歩くのなんだか久しぶりな気がするな。アキが転校してきてからずっと一緒だったし」


 思い返してみればこの三か月近く、アキと一緒だった。

 まあ、アキが入院してた頃は一人だったけどね。


「普通に帰ろうかな。そろそろアキも家に着いたころだろうし。安全じゃないかな」


 一人呟いて私は最寄り駅で降りる。

 家に一直線で向かおうかと思ったけど、そうしなかった。

 普段は絶対に通らないような人気のない路地裏を私は鼻歌を歌いながら歩く。

 昼時だというのに路地裏は薄暗くてじめじめとしている。

 体感温度が数度下がったような気さえした。


「そろそろじゃないかな」


 路地裏を少し歩いたくらいで後ろから気配を感じた。

 明らかに普通じゃない。

 こんな路地裏に入ってくるなんて訳ありな人か私をわざわざつけていたいた人くらいだろう。


「私に何か御用ですか?」


 後ろを振り返ってできるだけ笑顔でそう告げる。

 そこには、少し前に見た女の子が佇んでいた。


「御用も何も泥棒猫を殺しに来たんだよぉ~」


 虚ろな目で彼女は包丁を取り出してくる。

 いつも包丁を持ち出しているんだろうか?

 というか、どうやって精神病院から抜け出して来たのか。

 そうそう抜け出せるところじゃないと思うんだけどな。


「そっか」


 狂歌さんは包丁を両手で持って私に向かって突進してくる。

 周囲には人はいないし、叫んでも誰も助けに来てくれそうにない。

 私にとっては、とても好都合な舞台だった。


「死ねぇ~!」


 私に包丁の刃が届きそうになる寸前で私は横に交わす。

 それだけで狂歌さんは体勢を崩して地面に倒れる。


「全く、そんな体たらくで誰が殺せるのかな?」


 地面に転がってる狂歌さんの包丁を持っている方の手を強めに踏みつける。

 短い悲鳴が上がるとすぐに包丁は手から零れ落ちた。

 これでとにかく一安心かな?


「お、まぇ。絶対に、殺すから!」


「いや、無理だよね? そんな風に地面に倒れ伏してる状態で殺せるほど人間はもろくないと思うよ? そもそもどうやって脱走したのかな?」


 私は狂歌さんに話しかけながら、腹部に五回くらい蹴りを叩き込む。

 正直な話、アキを傷つけたことは全く持って許していない。

 下手をすればあの時アキは死んでいたかもしれない。

 死んでいなかったとしても後遺症が残っていてもおかしくなかった。

 そんなことをしたこの人を私は許すことができなかった。


「ぐっ」


 悲痛に顔を歪めているけど、私の心は全く動かない。

 普段の私は人を傷つけるのが極端に苦手だし、怖いのも得意じゃない。

 それでも今は、今だけは違った。

 人のことを蹴るのも初めての事だったけど不思議と動揺はなかった。


(ああ、私やっぱり怒ってるんだ)


 そう自覚した時なんだか、スンっとした。

 普段なら取り乱しているはずなのに。

 今の私の心は静かな海のように凪いでいた。


「もう、二度とアキの目の前に現れることができないように。絶対にアキの目の前に現れたくなくなるように。私が恐怖を刻みつけてあげるよ。そうすれば、流石のあなたも何かを起こす気が失せるでしょう?」


 反抗する気も精神病院から脱走する気もすべてなくなるくらいにこいつをボコボコにすればアキの前にも現れなくなるよね。

 私はそう思って再び蹴りを入れる。

 そのたびに耳障りな声が路地裏をこだまする。

 不愉快で仕方がなかったけど、これもアキのためだよね?

 それからたっぷり数時間かけて私は狂歌さんを嬲った。

 幸いなことに邪魔が入ることもなくて、最後に証拠が残っていないかを確認してから私は路地裏を後にした。


「これでよしっと。警察に通報しておこうかな」


 精神病院から脱走したって朝ニュースでやってたし。

 報告しておいて悪い事はないでしょ。

 さっきも絶対に私のことを誰にも話すことができないようにしてあげたしね。

 これで、私にやられたって言われても精神異常者のたわごとってことで処理してもらえばいいよね。


「私の目の前でアキを傷つけたんだからこういう目にあっても当然だよね」


 少し軽くなった足取りで私は自分の家に向かう。

 これで後顧の憂いを断つことができたよね。


「春休みはアキと何をして過ごそうかな?」


 これから始まる楽しい春休みの生活に思いを馳せるのだった。

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