第27話 秋トの不安

「ねぇ秋兄これって……」


「ん? どうかしたのか?」


「このニュースって狂歌さんじゃないの?」


言われてみてみれば今日の未明に精神病院から一人の患者が脱走したというニュースが出ていた。

年齢は十代で性別は女性。

その特徴を聞いたとき、俺はとんでもない寒気を感じた。

違うと願いたい。

いや、今この状況で警察などから連絡が来ていないのだからそんなはずはない。

わかっているはずなのに、胸の中で不安が駆け巡る。


「俺、ちょっと理奈の所に行ってくる!」


気が付けば俺は理奈の家に向かって走り出していた。

もしかしたら襲われるかもしれないとか、そんな考えは一切なかった。

今はただ、理奈の顔を一目見て安心したかった。


「頼む、無事でいてくれ」


必死に我武者羅に足を動かす。

数分ほどでたどり着くはずの道のりがいまはとてつもなく遠いように感じた。

程なくして理奈の家にたどり着いてインターホンを鳴らす。

数十秒もしないうちに玄関の扉が開かれる。


「アキ? どうしたのこんな時間に」


玄関から出てきたのは普段と何も変わらない理奈の姿だった。

困惑気味に眉をひそめている表情で俺のことを見つめている。


「い、いや。顔が見たくなってさ。ごめんこんな時間に」


「全然それは良いんだけどさ。めちゃくちゃ汗だくだよ? 大丈夫?」


「大丈夫だ。久しぶりに全力で走ったから疲れただけ」


「そう? よかったら上がっていく? お母さん達も久しぶりにアキに会いたいって言ってたし」


「じゃあ、お邪魔しようかな。挨拶もしたいし」


それに、今日はこのままもう少しだけ理奈と一緒にいたかった。

先ほどまで感じていた不安を払しょくしたい。

本当に理奈が無事でよかった。



「じゃあ、俺はそろそろお暇するよ」


「うん! 気を付けて帰ってね!」


あれからは久しぶりに理奈の両親と会話をして夕飯をご馳走になってしばらく理奈と雑談した後に俺は家に帰った。

そもそも今回のニュースで出ていたのが本当に狂歌だったのか定かではないし、何もないのなら内に越したことは無い。


「久しぶりに理奈の両親に会ったけど、相変わらずいい人だな」


昔からそれなりに交流があったしよくしてもらってたけど、本当に良い人だ。

俺も結婚したらあんなふうに幸せそうな家庭を築きたいと思う。

それはそうとして、脱走した精神病院の患者って結局捕まったのかな?

まあ、またニュースを見てればわかる事か。



「どうやって脱走したんだか……本当に頭が痛い」


「この病院の警備ってそこまでザルじゃないですよね?」


「当たり前だ。しっかり出入り口に警備員もいるし、監視カメラもある。警報装置もすべて作動していたはずなのにあっさり脱走された。だから、どうやってにげだしたのか聞こうと思ったらこの有様だ」


医院長が目を向けた先には自分の体を抱きしめてがくがくと震えている金島さんだ。

どういうわけか路地裏で発見されてからずっとあの調子で震えている。

全身には痣があって誰かに暴力を振るわれた形跡があるのにも関わらず、誰にされたのかは一向に話そうとしない。

様子を見てわかるのは、相当長い時間暴力を振るわれていたこと。

それによってかなりの恐怖を植え付けられたという事だ。


「一体何があったんでしょうね。あそこまでなるなんて思いもしなかったです」


「だな。前みたいに呪詛を吐いてはいないが、それよりも厄介な状態になったかもしれんな」


「ですね。でも、一体誰がこんなことをしたんですかね?」


「しらんよ。興味もない。私たちは私たちの仕事をこなすだけだ。それ以外に意識を向けたらキリがない」


医院長は興味なさそうにそれだけ言ったら先に歩いて行ってしまった。

確かに、話を聞いた感じ金島さんに同情はできないけど。

ここまでされてしまうのは流石に哀れに思えてしまう。

私だって人の心はあるんだ。


「本当に何があったんですかね」


疑問には思うけど、私は探偵や警察ではない。

そこを考え調べるのは私以外がやる仕事だ。

私は私の仕事を全うしないといけない。


「さっ、切り替えて仕事しますかね」


私は金島さんの病室を後にして自分の業務に残る。

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