第9話 悲劇

「最近、アキが人気すぎて妬けちゃう」


 金曜日の夜。

 アキと別れてから私はベッドでうずくまりながら頭を悩ませていた。

 悩みの種はもちろん私の幼馴染のアキだ。

 アキが転校してから早一週間が経った。

 クラスには馴染めてるみたいで最近のアキは楽しそうにしていることが多いように思う。

 それ自体はもちろん嬉しい。

 アキが笑ってるのを見るのはすごく好きだから。

 でも……


「女の子に囲まれ過ぎなんだよな~」


 男子からもしっかり話しかけられてるが、どちらかというと女子の方が多い。

 それも、かなり好意的な目で見られている。

 アキが学校に馴染めてるのも楽しそうにしてるのも嬉しいけど、女子に人気なのは少しだけいただけない。

 どうしても、嫉妬してしまう。


「はぁ、彼女でもないのにこんな嫉妬してる私ってなんだかキモいな」


 そんな自分に自己嫌悪しちゃったりして私は悶々としていた。

 私に嫉妬する資格なんてないのはわかってるんだけど、どうしても。

 嫉妬はしちゃう。


「私ってめんどくさい女だな」


 でも、明日はアキと一緒にカフェ巡りをする日。

 本当に久しぶりにカフェに行くし、その相手がアキなのだからなおさら嬉しい。

 まあ、アキ以外の人と一緒に遊びに行く気なんて全くないんだけどね。


「そう考えるとメチャクチャ楽しみになってきた」


 さっきから落ち込んだり嫉妬したり喜んだり。

 私って情緒不安定気味だな。

 でも、小学生の頃から好きだった相手に再会できたんだから浮かれちゃっても仕方ないよね?

 なんて言い訳を誰にともなく私はして明日着ていく服を選ぶのだった。


 ◇


「その感謝は頼ってくれるってこと? それとも頼ってくれないってこと?」


「……」


 最近アキが何かに悩んでいるという事は見ていてすぐにわかった。

 最初は転校して人間関係に悩んでいるのかとも思っていたんだけど、そういうわけでもないらしい。

 他にも、背後を気にするような素振りが増えていたりお腹をさすっていたりして。


「理奈には敵わないな」


 アキは困ったように苦笑いしながら頭を掻く。

 昔からのアキの癖。

 照れたりするとアキは右手で頭を掻く癖がある。

 そんな、昔と変わらないアキの仕草を見て私はなんだか嬉しくなってしまう。


「私はアキの幼馴染だからね。何でもわかるってことは無いけど、ある程度の事はわかるんだよ? だからアキが私に気を使っているってこともわかってるつもり。それでもね、私はアキに相談してもらった方が嬉しい……かな」


 こんなに真っすぐ自分の気持ちを伝えるなんていつぶりだろう。

 でも、こうでもしないとアキは絶対に私に相談なんてしてくれない。

 無理に聞かないとは言ったけど、話してくれるように誘導はする。

 そうしないと、取り返しのつかないことが起きるような予感がするから。


 ◇


 理奈は俺のことを真剣な目で見てくる。

 昔からこんな風に見つめられると、どうしても隠し事ができない。

 本当に昔から理奈には敵わないな。

 素直に理奈の好意に甘えることにしよう。


「わかった。じゃあ、相談に乗ってもらっても良いかな」


「もちろん! 私にできることなら力を貸すし、任せてよ!」


 嬉しそうにそう言った理奈はやっぱり笑顔だった。

 本当に可愛い。

 こんなにも可愛い彼女を俺の問題に巻き込んでいいのかと思ったが、今断わると理奈が悲しんでしまうかもしれないと思うと今更気が変わったとは言えなかった。

 それから俺は最近不安に思っていること。

 主に狂歌についての話をした。

 その間、理奈は口を挟むことなく静かに聞いてくれた。


「なるほどね。思ったんだけど、それって警察に相談できないの?」


「……あっ」


 完全に盲点だった。

 付き合っていたころは行動をほとんど監視されてたからそんなこと思いもしなかったけど、言われてみれば確かにそうだ。

 ストーキング程度なら話は変わってくるかもしれないけど、腹の傷があるから傷害事件として扱われるはずだ。

 つまりは、俺が抱えている不安を完全に払拭できるということになる。

 一人では思いもつかなったな。


「その感じ、考えもしなかったって顔だね。今まで警察に行くって考えすらなかった感じだね」


「その通りです。そっか、警察に頼ればよかったのか」


「そうだよ。あんな傷ができるくらいだから絶対に傷害事件として取り扱ってくれるはずだよ」


「そうだよな。今度警察に行ってみることにするよ」


 良い話を聞けた。

 やっぱり理奈に相談して正解だったのかもしれない。


「今度と言わずに今から行こうよ! そう言うのは早い方がいいだろうし。そのほうがアキも安心できるでしょ?」


「それは確かにそうだけど、いいのか? 今日は二人で遊ぶ約束だったのに」


「まあ、そうなんだけどね。でも、そうしたほうがアキは安心できるでしょ。安心した後にまた二人で遊ぼうよ!」


「理奈がそう言ってくれるんなら。じゃあ、付き合ってもらってもいいか?」


「うん! そうと決まればさっそく行こう!」


 理奈に促されるままに俺たちは近くの交番に向かう。

 これで俺は不安から解放されるのかと思うとなんだか安心してきた。

 だからなのだろうか。

 俺の警戒が緩んでしまったのは……


 ◇


「最近アキが不安そうにそわそわしてたのはああいう理由だったんだね」


「まあな。あの金髪男が狂歌を制御し続けられるとは到底思えなかったからな」


 そして、金髪男に飽きてしまった? 次に標的になるのはきっと俺だ。

 そうなってしまったら理奈と春香を巻き込んでしまうことになる。

 だから、俺は二人と距離を置こうかとも考えた。

 でも、できなかった。

 幸せな時間を自ら手放す覚悟が俺には無かったんだ。


「それはそうかもね。でも、これで安心できるじゃん」


「だな。これでもう少し落ち着いて生活できそうだ」


 俺がそんな幸せな生活に思いを馳せているその瞬間だ。

 今まで感じていた悪寒がひと際強くなったのは。

 このままじゃいけない。

 何とかしないと。

 俺の本能がそう警鐘を鳴らす。

 咄嗟に後ろを歩く理奈の手を引っ張る。


「きゃっ!?」


「ぐっ!」


 咄嗟だったからまともに受け身も取れなかった。

 もろに腹部に突き刺さったそれを見下ろしながら焼けるような痛みに耐える。


「あはっ。久しぶりだね秋くん?」


「きょう、か」


 目の前には見慣れた少女がいた。

 右手には包丁が握られており、それをしっかり俺の腹部に突き刺していた。

 俺が理奈を庇わなければこの凶刃は理奈に突き刺さっていただろう。

 だが、


(不味いな、いつもはある程度受け身を取れてたけど、今回のこれはもろに刺さってる。あんまし動くと出血多量でいかれるな)


 大丈夫、刺さったままならまだ何とかなる。

 でも、この現状をどう打開すればいい?

 人通りはほとんどない。

 助けが来る可能性もほぼ皆無。

 今から警察を呼んだとしてどれくらいで駆けつけてくれるか。


「ず、随分な挨拶じゃないか、狂歌」


「えへへっ? そうかな~でも、秋くん浮気は良くないよぉ~」


「浮気なんかしてないさ。俺はクリスマスに振られてるからな」


 軽口を言いながら時間を稼ぐ。

 こうしている間に理奈が逃げてくれればいいが……


「あっは。そんなの関係ないよ? 秋くんは私以外と付き合ったら浮気じゃん? 泥棒猫は始末しないとね」


 笑いながらぎょっと理奈を睨みつける。

 狂気じみた目に理奈は完全に怯えてしまっていて動けそうにない。

 いよいよ本当に不味いな。


「ははっ、それは困るな」


 腹部から血が絶えず流れ続ける。

 このままだとあと数分で気を失ってしまう。

 それまでにせめて理奈だけは逃がさないと……


「ふふっ、大丈夫! 秋くんの面倒は私がしっかり見てあげる。なんなら一緒に住んでもいいよね!」


「……それは、ごめんだな」


「ひど~い。前はそんなこと言わなかったのに。そこの泥棒猫に毒されちゃったのかな? じゃあ、ゆっくり毒抜きしないとね」


 狂気じみた目で俺を見つめる狂歌は本当に恐ろしくて。

 このままいくと本当に理奈を殺しかねない。


(ヤバイ。寒くなってきた)


 血を流しすぎて体が震えてくる。

 打開策がない。


「ははっ」


 意識を保つので限界だったが、俺は最後の力を振り絞って狂歌を押し倒す。

 反動で包丁が深く突き刺さって激痛が駆け巡る。


「秋くん、だいたぁ~ん。そんなにがっつかなくてもいいのに」


 ふざけたことを言っている狂歌だが、成人男性の体重が乗っかっていればそうそう動くことはできないだろ。


「アキ!?」


「に、げろ」


 振り絞るようにそれだけ言って俺は意識を失った。

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