第8話 理奈とデート

「緊張しすぎて早く来すぎたかもしれない」


 週末、理奈と遊ぶ予定を立てた俺は集合場所にやってきていた。

 楽しみ過ぎて30分前にはついていたけど、どう時間を潰したものか……


「まあ、待ってる時間も結構楽しみではあるんだけどな」


 今日の予定はカフェ巡りをすることになっている。

 中学の頃から二人でよくカフェを巡っていたけど、最近は会っていなかったこともあって全くカフェに行くことができていなかった。

 そのことを前に理奈に言ったら、「じゃあ、カフェ巡りしよう! 久しぶりに!」と言ってくれたのだ。


「今日はどんな服で来てくれるのかな」


 理奈はいつも可愛いけど、私服hあまり見たことが無い。

 中学のころまで遡れば見たことは何回もあるけど、高校に入ってからはクリスマスのあの時見たのが初めてだった。


「はぁ、なんか俺最近ずっと理奈の事考えてるな」


 恋人でもないのに、変な独占欲が出てしまったり理奈が他の誰かと話してニコニコしていると嫉妬してしまう。

 そんな自分に自己嫌悪してしまうというサイクルをこの一週間繰り返していた。


「なんか俺、マジでキモい」


「そんなことないよ! アキは全然気持ち悪くない」


「えっ!?」


 俺がポツリと言葉を漏らしていると後ろからいきなり声をかけられる。

 ビックリして咄嗟に振り返るとそこには最近俺の頭を悩ませている(勝手に悩んでるだけ)理奈がいた。


「お待たせ。待たせちゃったかな?」


「いや、全然! そんなことは無い」


 いたずらっ子みたいにふへへっと理奈は笑いながらそう聞いてくる。

 俺もてんぱりすぎてラブコメのテンプレみたいな返答をしてしまった。


「そか。ならよかった! じゃあ、行こうか!」


「ちょっと待って。その、なんだ。似合ってる。その服」


「……えへへ。嬉しい。アキもその私服凄く似合ってるよ! なんだか、大人びて見える」


 普段見ている制服姿じゃなくて、理奈が着ているのは白色のハイネックセーターに黒色のロングスカートを着ていてとても魅力的で可愛かった。


「ありがと。そんじゃ、行きますか」


「だね! 私もあそこのカフェ行くのは久しぶりだから結構楽しみ」


「俺も二年ぶりだな。中学最後に理奈と二人で行ったっきりだな」


「じゃあ、私達どっちも久しぶりなわけだね! なおさら楽しみになってきた」


 理奈は機嫌がよさそうにスキップしながら目的地のカフェに向かう。

 俺と理奈がよく行った思い出の地だ。


「理奈って高校に入ってからもカフェ巡りは続けてたのか?」


「いいや? 一緒に行く人がいなかったからカフェ巡りはしてなかったな」


「ん? でも誘われてたんじゃないのか? 学校の人たちからさ」


「ん~誘われてはいたんだけど。やっぱり一緒に巡るならアキが良かったから。というか、アキとしか一緒に行きたくなかったから」


「なっ」


 平然とそんなことを言われてやはり心臓の鼓動が速くなる。

 どうしようもないほどに、嬉しくてたまらなくなる。


「そういうわけだからカフェ巡りは本当に久しぶりだよ」


「そっか。俺も理奈とまたカフェ巡りが出来て本当に嬉しい」


 果たして、カフェ巡りが再びできることに喜んでいるのか。

 それとも、理奈と二人で居られることに心の底から歓喜しているのか。

 どちらかなんてわからない。

 わからないほうがきっと幸せなんだ。


 ◇


「アキ、学校にはもう慣れた? 一週間経ったけど」


「結構慣れてきたとは思う。というか、あの学校の人たち優しすぎ」


 転校してから一週間程度。

 クラスのみんながフレンドリーに接してくれるからかなり早めに馴染むことができたと思う。


「だよね~みんな優しいし面倒見が良いから。でも、アキはそれだけじゃないような気がするけどね」


「どういうことだ?」


 ジト目で理奈に見られるけど、理由がわからない。

 というのは一体どういう事なのだろうか?

 全く心当たりがない。


「別になんでもないよ。それよりも今日は私が奢るから好きなもの頼んでよ。転校祝いってことで」


「いや、ずっと理奈にお世話になってるのに奢らせるわけには……」


「いいの! 私がお祝いをしたいだけなんだからさ!」


 理奈は身を乗り出してそう言ってくれるけど、果たしてこの好意に甘えてもいいものなのだろうか……

 いや、なんだか断ったほうが理奈が悲しむような気がする。

 完全に俺の勘だけど、間違ってはいないと思う。


「わかった。じゃあ、今日は理奈の好意に甘えて奢ってもらおうかな」


「えへへ。やった! 前のアキは素直に奢られてくれなかったからな。なんだか私成長を感じて嬉しいよ」


「理奈は俺の母親か何かか」


「まあ、一緒に居る時間に関しては家族の次に長い自信はあるからね!」


 胸を張って理奈は自慢げに笑っていた。

 普段の理奈も可愛いけど、やっぱりこうやって笑っている理奈の表情が俺は一番好きだ。

 この笑顔をできることならずっと見ていたい。

 だからこそ、俺は多分解決しないといけない問題がある。


「それはそうかもしれないな」


 理奈と楽しい時間を過ごしながら俺は考える。

 最近背筋を走る悪寒。

 覚えのある感覚。

 少しずつ、じわじわと背後から何かがにじり寄ってくるかのような気味が悪い気配。

 この感覚が少しずつ大きくなっているような気がしてならない。


「でしょ! ふへへ。だから、最近アキが何かに悩んでるのもお見通しってわけ」


「……」


 先ほどと同様のテンションで理奈はいきなりそんなことを言ってきた。

 もちろん、俺の悩みというのは転校の事でもないし転校先での人間関係でもない。

 最近ヒシヒシと感じている悪寒。

 俺はその正体に薄々気が付いている。

 だが、それを理奈にいう事で巻き込んでしまうのがたまらなく恐ろしい。

 塞がってきた腹の傷……これが他の誰かにつけられるのではないかと考えるだけで震えが止まらなくなる。

 全く、俺は弱い人間なのかもしれない。


「話したくないなら無理に聞かないけどさ。でも、私はどんな相談でも聞くし、できることがあるなら力になる……というかなりたいってことをさ」


「ありがとう」


 この好意に素直に甘えるべきか否か。

 俺はその決断を下すことはできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る