第10話 手放したくない温もり

 アキが刺された……

 お腹からあんなに血が出てて、動揺してしまった私は咄嗟に行動することができなかった。

 でも、アキが狂歌さんに覆いかぶさって時間を稼いでくれた。

 やっと動揺が収まった私はすぐに警察に通報する。

 その間、狂歌さんはぐったりしたアキをずっと抱きしめていた。

 あまりにも常軌を逸脱した行動に私の思考は再び止まりかける。

 だけど、何とか正気を保ってすぐに救急車にも連絡を入れる。

 幸いなことに近くをパトロールしていた警察官がすぐに来てくれて狂歌さんは拘束され、アキは救急車に運ばれた。


「お願いアキ。死なないで」


 一緒に救急車に乗った私はアキの手を握りながら祈る。

 死んでほしくない。

 せっかくまた会えたのに。

 こんなにすぐお別れなんて嫌だ。

 必死にアキに語り掛け続けた。


 ◇


 走馬灯というのは意外と見ないものなんだな。

 そう思ったのは、目が覚めて白い天井が目に入ってきた時だった。

 真っ白な部屋に消毒液の匂い。

 察するにここは病室だろう。

 ここが病室じゃなかったら正直びっくりだ。


「てか、あの状況で何とか助かったんだな、俺」


 体を起こそうとすると腹部に激痛が走る。

 やっぱり刺されたのは夢でもなんでもないらしい。

 じゃあ、理奈は無事だったのか?

 あの後どうなった?

 そんな疑問が頭の中をぐるぐると駆け回る。

 でも、ここでいくら考えても答えは出ないため素直にナースコールを押して医者の説明を受ける。


 ◇


「……なるほど」


 まず説明されたのは俺の容体についてだ。

 腹部に深い刺し傷が出来たけど、一命はとりとめたらしい。

 あと少し遅かったら手遅れだったかもしれないと言われて流石にヒヤヒヤした。

 そして、俺と同時期に緊急搬送された女子高生はいないと聞いてひとまずは安心した。


「あの状況からどうなったのか。理奈は無事なんだろうか?」


 気になりすぎて頭がおかしくなりそうだったので、再度テーブルに置いてあったスマホで理奈に電話をかける。

 が、俺が通話ボタンを押したのと同時に病室のドアが勢いよく開かれた。


「アキ!?」


「理奈。よかった……無事だったんだな」


 病室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは理奈だった。

 見た感じの外傷もないみたいで安心したのと同時に体の力が一気に抜けた。


「アキの方こそやっと目が覚めたんだね!」


「ああ。三日くらい寝たきりだったんだってな。心配かけた」


「ほんとだよ。でも、目が覚めて本当に良かった。本当に」


 理奈に勢いよく抱き着かれて少し腹がいたんだけど、それ以上に安心感が勝った。

 理奈が無事で本当に良かった。

 それがどうしようもないほどに嬉しい。

 この手の中にあるぬくもりを手放したくないと心の底から思った。


「それで、あの時なにが起ったのか聞いてもいいか?」


「もちろんだよ。ちょっと長くなるけど大丈夫?」


「今起きたばっかりだからな。動き回らない限りは全然大丈夫」


 先ほどの容体説明で全治は三か月くらいの事。

 そのうちの三週間ほどは絶対安静を言い渡された。

 まあ、あれだけ深く突き刺されて生きてるだけでも儲けものだ。


「じゃあ、説明するね」


「頼む」


「まず、あの後私は急いで警察に通報したの。そしたら運よく近くにパトロールしていた警察官の人が駆けつけてくれて狂歌さんは取り押さえられたの。その後すぐにアキは救急車で運ばれて集中治療室に入ったって感じ」


「本当に運がよかったんだな。俺、あの時絶対に死んだと思った」


 あの腹部を貫かれる感覚には流石に肝が冷えた。

 あんな経験は二度としたくない。

 というか、しないようにしたいものである。


「私もすぐに殺されると思ったよ。あの時アキが狂歌さんに覆いかぶさって止めてくれなかったら本当に危なったと思う。アキが命がけで時間を稼いでくれたおかげで私は何とか助かった。ほんとにありがとう」


 理奈からお礼を言われる。

 でも、そんなことよりも理奈が無事で本当に良かった。

 それだけが、今俺が考えていることだった。


「いや、そもそもは俺が狙われてたわけだから。巻き込んで本当にごめん」


 こればっかりは俺の落ち度と言わざるを得ない。

 もっとしっかり狂歌の危険性を把握していなかった俺がどう考えても悪い。

 結果だけ見れば、理奈は無事だが怖い思いをさせてしまった。

 本当に俺はダメな人間だ。


「先に言っておくけど、アキは全く悪くないからね? この件で私に負い目を感じて距離とか置こうとしたら、それこそ許さないから」


 理奈は俺に再び抱き着きながらそう言ってきた。

 どうやら、俺が今考えていたことはお見通しだったらしい。


「……わかった。ありがと」


「なんでアキがお礼を言うの? お礼を言うのは私のほうだってずっと言ってるのに」


「それでも、言いたいんだよ」


 理奈が今、止めてくれなければ俺は距離を置くという選択をしていたかもしれない。

 本当にいつまで経っても俺は理奈に救われてばかりだ。


「そういう事ならいいけど。って春香ちゃんに連絡しないと! ちょっと電話してくるね」


「行ってらっしゃい」


 理奈は慌てた様子で病室から出て行った。

 春香に連絡してくれるらしい。

 そう言えば、春香にもかなり心配をかけただろうな。


「にしても……まさか、狂歌がここまでしてくるとは。俺の想定は本当に甘かったんだな」


 あの金髪男はどうやら一か月も持たなかったらしい。

 可哀そうだ。


「痛てぇ」


 少し体を動かそうとすると腹の傷が痛む。

 何針か縫ったらしい。

 傷が完全に塞がるまでは動かない方がいいと言われたな。

 というか、さっきから頭が痛いのは何でだ?


「……貧血なのか?」


 思い返せば、かなり血を流していたからその症状が出ていてもなんら不思議ではない。

 輸血されてるだろうけど、貧血の症状って出るのか?


「まあいいか。命に別状はないだろうし。とりあえずは理奈が戻ってくるのを待つか」


 起こしていた体をベッドに預けて一息つく。

 そこには、起きたときと変わらない真っ白な天井があるだけだった。


「これから三週間退屈だな」


 一か月もすれば退院はできるらしい。

 でも、それまではここでずっと過ごさないといけない。

 退屈過ぎて死んでしまいそうだ。


「秋兄!」


 俺がそんなくだらないことを考えていると春香と理奈が勢いよく病室に入ってくるのだった。

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