FILE 17: 包囲された研究都市

若宮が闇に消えた直後、渚の暗号化端末が狂ったように警告音を発した。監査官からだった。

『市長、聞け! 今すぐそこから逃げろ!』

その声は、いつもの冷静さを失い、焦燥に満ちていた。

『トリトン・コンプレックスで起きたのは、ただの停電ではない! 中国軍によるEMP攻撃だ! 施設の全電子機器と、周囲一帯のインフラを麻痺させた!』

「EMP攻撃…!?」

電磁パルス攻撃。核爆発を伴わない、局所的な電子機器の破壊。SF映画の中だけの話だと思っていた。

『奴らの本隊が、施設を完全に制圧した! 若宮の目的は、あなたを市役所に釘付けにし、孤立させることだったんだ!』


窓の外に目をやると、渚は息を飲んだ。市役所前のロータリーに、見慣れない数台の黒いバンが、音もなく滑り込んできていた。車のドアが開き、黒い戦闘服に身を包んだ男たちが、自動小銃を構えて降りてくる。蛟龍突撃隊。横浜港に現れた部隊とは別の、第二波だ。彼らは、市役所の職員には目もくれず、一直線に市長室のある最上階を目指して、ビルの中へと侵入を開始した。


「……私の、頭脳…」

渚は、若宮の最後の言葉を思い出し、戦慄した。彼らは、天野博士だけでなく、この施設の全てを知る自分自身をも、「国家資産」として捕獲しに来たのだ。


『市長、聞いているか! 北側の非常階段を使え! そこだけが、唯一の死角だ!』

監査官の指示が飛ぶ。

渚は、我に返った。恐怖に震える脚を叱咤し、ハイヒールを脱ぎ捨てると、裸足で執務室を飛び出した。廊下からは、職員たちの悲鳴と、ブーツが床を叩く硬い音が聞こえてくる。


暗い非常階段を、夢中で駆け下りる。地上出口のドアノブに手をかけた、その時。

ドアが、外から乱暴に蹴破られた。

逆光の中に、銃口を構えた二人の男のシルエットが浮かび上がる。絶体絶命。


だが、彼らが引き金を引くよりも早く、背後から猛スピードで突っ込んできた一台のSUVが、隊員たちを跳ね飛ばした。

急ブレーキの軋む音。開いた助手席のドアから、怒鳴り声が聞こえた。

「Get in, Mayor! Now!(乗れ、市長!早く!)」

ジェイソン・クロウだった。彼の額からは血が流れ、その顔は怒りと屈辱に歪んでいた。


渚は、躊躇する暇もなく、車に飛び込んだ。

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