第39話 王国の外への道

 この世界での悪党と言えば、ルグイス王国の『へレディック』と、アヴァロフ帝国の『幽嵐』と言われている。この二つの大きな違いは、存在する理由にある。


 『へレディック』は魔人の解放を謳うが、『幽嵐』はそのような目的はない。単なる欲求を抑えることを忘れた阿呆の集まりだ。


 だがそれは、幼い精神性に反した強大なる力を持ってしまったことによって世界最大の驚異となり果てた。


 アヴァロフ帝国もさることながら、他国も『幽嵐』の存在には警戒を怠ることはできずにいる。それほどに彼らは大きな力を持ち、『へレディック』と『幽嵐』なら、『幽嵐』の方へ強さの天秤が傾くと宣う人も少なくない。


 その『幽嵐』の崩壊を『へレディック』が願うのは、敵対組織であるから、ではない。


「『正義』の力の源。その大きな要素の一つが『幽嵐』なんだ」


 移動代行業者モールブから借りた馬車に揺られながら、説明を求めたミトへのメロの返答がこれだった。


「『正義』って『天命』は、悪と定めた基準を超える存在の数に応じて、その力量を底上げするものなんだ。聖樹大国の『正義』の騎士は、その悪の定義を明確に宣言してる」

「なんなんです?」

「人を殺めた存在、だそうだよ。この定義により、悪となる対象は人間だけでなく、魔獣や邪精霊などにも適用されるから、『正義』がより強くなってしまうわけだ」


 『へレディック』の中にも人の命で手を彩った魔人は山ほどいるし、全世界に潜む魔獣まで対象だと言うなら、『正義』はその名に恥じぬ力量と矜恃を持っていると言えよう。


「それこそ、僕達がいるだけで相手はめちゃくちゃ強いってことですか?」

「そうだな。だが、やはり『幽嵐』がいるかいないかだけでも大きな差だ。奴らを先に処せれば、『正義』の腕を弱めることができる」

「うーん……でも、難しくないですか?『正義』の定義する悪を減らすなら、多くの悪を出来るだけ少ない人数で殺さなくちゃいけませんよね?ジリ貧とはまた違いますけど、減少量で見たらそんなにな気が……」


 強力だと言われる『幽嵐』を消滅させるなら、『へレディック』もそれなりの戦力を割かなくてはならないし、その戦いで死人も当然出る。


 悪の定義を考えても、『幽嵐』を殺した人間も悪になってしまうのでは、数の現象もそこまで期待ができない。


 その懸念に、ライラが指を鳴らして、


「そこなんだけど、『正義』はこうも宣言しているんだ。悪を殺した人間は、善と定義される、とね」

「ほー……?じゃあ、『幽嵐』を『へレディック』が殺して回れば───」

「俺らの定義は、善となる」


 それは『正義』を倒す上で非常に重要な定義になる。善が増えれば当然、『正義』の力量は下がり、この防壁を突破するのに必要な対策だ。


「じゃあ、『幽嵐』を倒すのが第一目標ってことですね!」

「あぁ。だからこそ、そのために仲間にしたい奴らがいるんだ」


 馬車が向かうはアヴァロフ帝国。理想であれば真っ直ぐ目的地へ到着したいところだが、そうも行かないのが旅というもの。


「ねー。閻谷えんやが見えてきたよ」


 馬車を運転するナナメの気ダルげな声に、三人の意識が進行方向へ向く。


「閻谷?」

「太古の昔……千年以上前に出来たとされる、魔境さ」


 馬車から身を乗り出して先を見るミトに、同じ組を乗り出したライラがそう説明をくれる。


 一行の前に立ちはだかるは、今までの草原とは雰囲気ががらりと変わってしまう、砂地に沈んだ岩石の海であった。


 浮き上がった巨大な地盤が二つ、斜めに反り立っており、その下には巨大な谷がある。


 窪んだ土地には、遠目でも分かるほどに激しい砂嵐が吹き荒れており、その谷の周囲を魔獣か飛び回っている。


「凄ーい。観光名所みたいな」

「実際そうみたいだよ。ほら、あそこに街が見えるだろう?」


 ライラが指さす先、浮き上がった地盤の片方に、アプルーラの街と同等の大きさを持つ街が見えた。綺麗に整備された道を目で追っていくと、その街にまで続いているのがわかる。


「世界三大凶所と言われているんだ。入ったが最後、強すぎる闇の瘴気に精神を蝕まれ、あまりの苦痛に皆自殺するらしい。中に潜む魔獣にも襲われるから、あそこを通り抜けられた者はそうそう居ない」

「へー………で、この馬車はどこに向かってるんです?」


 整備された道から段々外れていく馬車に、ミトは恐る恐るその行き先をライラに尋ねた。ライラは美しい顔を不敵に歪めて、嫌な予感に苛まれたミトはナナメへと振り返る。


「……ボクも行きたくないよ。でも、ルグイス王国からアヴァロフ帝国への最短の道は、ここを突っ切ることなんだ。今や、ライラもメロも王国で有名になっちゃってるし、ミトちゃんだって指名手配食らってるんだから、馬鹿正直に国境を超える訳にはいかないし」

「えぇ!?なんで僕大犯罪者みたいになってるんですか!?」

「『顔剥ぎ』がチクったんだよ。辻褄を合わせるためにな」


 シュガーに成り代わった『顔剥ぎ』は、死に物狂いで『へレディック』の包囲網から逃げ出したことを演出し、王都の騎士団と合流。


 その後、起こったことと起こしたことの辻褄を合わせるため、『顔剥ぎ』は話せる範囲で正直に事の顛末を口にした。もちろん、嘘を交えて。


 アルゲータはシュガーを逃がすために奔走したが、『勇魔』を名乗る『へレディック』による攻撃により負傷。治癒は間に合わずに命を落とした。


 屋敷を燃やしたのは白髪の『へレディック』で、名前はミト・シノノメ。死んでも死にきれない『天命』、『死に狂ひ』を持った呪術師であるという話もしてあるらしい。


 騎士団に違和感を抱かれることなく、かと言って情報を漏らしすぎないようにするには、ここまで譲歩する必要があった。


 ただ、アルゲータを翻弄した『へレディック』の『天命』や、『魅惑』の正体までは明かしていないらしい。


「僕の本名流出の初めてが異世界かぁ」

「『詩人しびと』って二つ名はバレてないらしいよ」

「いや、二つ名隠す意味あります?」


 本名を隠すためのコードネームより先に本命がバレてしまっては本末転倒ではあるが、ミトの名前と顔、そして『天命』がバレたとしても、ミトは問題が無いように感じた。


 理由は簡単で、メロが全く焦っているように見えなかったからだ。


「メロさんが問題ないって顔してるなら問題ないんですよね」

「……なんでそんなに、メロを信頼してるの?何が君にそうさせてるの?」

「メロさんへの愛、です」

「……ボクには、ないの……?」

「え?ないでしょ」

「ぅ……そっか……」

「??」


 勝手に傷ついたらしいナナメが俯いて、それに無自覚なミトが首を傾げるまでが最近のセットだ。


 そんな他愛もない会話はともかく、問題は閻谷なる凶所をどう乗り越えるかだ。


「闇の瘴気って、ライラさんの光で吹き飛ばせないんですか?」

「飛ばせないね。あれは私の光でも逆に呑み込まれるほどだ。それほど、あの凶所は絶大な力をもっているんだよ」

「じゃあ、ライラさんの剣に乗っていくとか?」

「そしたら『勇者』や『流転騎士』が即座に飛んでくるだろうな。ライラの魔力も敵に覚えられてる」

「えー……でも入ったら自殺しちゃうんですよね?影響が出る前に突っ切るってことです?」

「馬が先に死んじゃうよ。そしたらボク達も共倒れだ」


 ならばどうすればよいのか、ミトは答えがわからずメロに困り顔を向ける。メロはミトの頭を撫でながら、「解決法はある」と話を始め、


「ライラの時空魔術で飛び抜ける。そうすれば閻谷を通らずとも外へ出られる」

「おぉ!最初からそれで行けば良かったじゃないですか!」

「残念ながら私の転移は、行ったことのある場所か、私の魔力があるところにしか飛べないんだ。この王国の外にも転移先はあるにはあるけれど、それは目的地とはあまりにもかけ離れてる」

「てことは……魔力を外へ持ち出すしかない?」


 そこまで来て、段々と話がわかってくるミト。同じく思考の道筋を辿っていたナナメがミトよりも先に答えに辿り着き、血相を変えてメロに噛み付く。


「またミトちゃんに最悪なことを……!」

「仕方ない。出来る奴にやってもらうしかないからな」

「んん?」


 メロはミトの両頬を手で包み込み、無理やり自分へ向けさせた視線を真っ直ぐ見返して微笑んだ。


 その綻びを見る度に、ミトの心は跳ねて理性を失って、メロの言うことがまるで産まれる前からの願いだったかのように魂にこびりつく。


 とてつもない幸福感と快楽に包まれ、ミトは何よりもそれを優先するようになる。


 それが分かっているメロはゆっくりと目を開けて、ミトへお願いをした。


「ミト、俺達のために死んでくれ」


~~~


「じゃあ、行ってきます!」


 閻谷に入る直前、砂だらけの地面へ降り立ったミトが、光り輝く短剣を持って馬車へと手を振った。


 馬車はミトを置き去りに別方向へと進み、段々と見えなくなっていく。


「よーし、越えるぞー!」


 ミトが見据える先、砂嵐が吹き荒れるその谷へ、ミトは一人で突入することとなった。


 ミトが持つ短剣は、ライラの魔力で作り出した光の剣だ。瘴気に耐えられるように念入りに光を収束させた逸品。これなら瘴気に呑み込まれることはない。


 これを外へと持ち出せば、ライラの時空魔術によって、メロ達は外へと無影響で出ることができる。


 持ち出す役をミトに任せたのは、


「瘴気で自殺しても、僕なら生き返れるから」


 どれだけ自殺しようと、ミトの『死に狂ひ』の前にそれは意味をなさない。


 ここを通り抜けられるのは、ミトだけなのだ。そしてそれによってメロを助けられるのもまた、ミトだけだ。


「~~~♪~~♪~~~♪~~♪」


 美しい歌声を響かせながら、ノリノリで死にに行くミト。轟々と吹き荒れる風と砂の音に負けないように放たれるその美声は、


「~~♪~~んぎゃ──」


 岩陰から飛び出した蛇のような魔獣に頭を噛みちぎられ、呆気なく途絶えた。

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