第40話 サメと共同実験

 瘴気の正体は、強い闇の魔力が混じった砂だ。谷風に巻き上げられる砂を全て防ぐのは至難の業で、砂がぶつかる度に染み出る瘴気が空気中に充満している徹底ぷり。


 自然の罠と言うにはあまりに性悪な仕掛けが施されたこの閻谷に、風とは違う音色が奏でられる。


 それは───


「んぎゃぁぁああ!!」


 甲高い悲鳴であった。


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いぃ!!」


 背筋が凍るほどの嫌悪感と脳の激しい痛みに支配され、風に混じって地面から伝わってくるいくつもの足音が、その精神を蝕んでいく。


 只人ならば一分も耐えられまい。そしてその悲鳴の主は、その他大勢と言われる只人であったのだ。


「んげぇ、ろろろ……お、ぉぉぐぁ……」


 吐き気と昇ってくる吐瀉物の匂い。乾燥して喉が水を求め、乾いて敏感になった粘膜に砂が張り付いて取れない。


 地獄のような不快感だらけの空間で、悶え苦しみ、魂に亀裂が入りそうなほどにのたうち待って、


「がッ──」


 その人物は、ミトは、頭蓋へ短剣を振り下ろした。


~~~


「もー、なんて場所に来てしまったんだろうか」


 死後硬直が始まる前に、自分の死体から短剣をひったくったミトがそう呟いた。余裕そうに見えて、彼は既に十八回目の死を迎えている。


 ミトの細い足では、この豪風の中を歩くだけでもかなりの時間を要するというのに、毎度毎度こんなに苦しんで死んでいてはあまりに非効率だ。


 走って足元をすくわれ風に飛ばされないように、しっかりと砂を踏みしめながら、ミトは行かなくてはならない方向へ目を向ける。


 どうにかここを乗り越えたいところだが、あとどれほどの時間がかかるのだろうか。


「うっぷ……また、吐き気が……」


 気持ち悪さが腹の奥底で目を覚まし、胃液の匂いを孕んだ息が口から漏れる。口元に宛てがわれた黒い手袋を見下ろすと、そこには唾に混じって血がついていた。


「うーん……出来る限り進んでから死なないと時間が……ん?」


 そうミトが進行度について懸念を抱いていたところ、妙な影が目に付いた。


 砂嵐の中に紛れて、何か少し大きな影が蠢いている。それはよくよく見てみると思っていたよりも大分速く、そして大量にミトに迫っていた。


 地面が揺れる感覚を足裏に感じながら、ミトは反射的に死を悟り、


「何者だー!!」


 元気よくその影へと突っ込んで行った。


 砂嵐の中を高速に動き回る影。もう砂のベールも関係ないほどに近づいたそれを間近で見て、ミトは気がついた。


「鮫?」


 そう、その影の正体は洋画でよくある、水面にだけでた鮫の背びれだった。だがここは海でなく砂漠。この生き物はただの鮫ではなく、


「うわっ!?」


 サジンサメという名をつけられた、砂を泳ぐ鮫の魔獣だ。


「鎖!?」


 サジンサメは鎖状の骨を首に巻き付けており、飛び上がったと同時に鎖の先のフックをミトの上顎へ突き刺した。


 深々と突き刺さった太い骨のフックは外れず、高速に動くサジンサメに引っ張られてミトがひっくり返り、そのまま砂の上を引きずり回される。


「いぁぁああーー!?!?」


 口の中に刺さったフックの痛みに涙目になりながら、非力なミトが手足を伸ばして何かにつかまろうと縋る。


 すると、砂しか見えない虚空に、ミトの右手が何かを引っ掴んだ。


 これで止まるかもしれないと希望を見出した直後、ミトはそれが掴んだのではなく、掴まれたのだと理解した。


「んががっ!?!?」


 涙目に映ったのは、二の腕に刺さったフックだった。それはミトの上顎に刺さったているものと同じもの。だが、その鎖が引かれる方向はまた違った。


 そこでさらに気づいたのだ。この魔獣は、群れで狩りをするのだということに。


「がふっ」


 次いで左腕にフックが突き刺さり、右足に鎖が巻き付けられ、左足首の骨がフックに引っかかった。


 五方向に付けられた鎖。そして、鎖はそれぞれ別方向へと力を向け始める。


「ぎぎ、がぁ……」


 凄まじい力で別方向へ引っ張られるミトの肢体。それは即座に限界を迎え、腕はちぎれて吹っ飛び、足はすっぽ抜けて血を吐き出し、上顎は細首と一緒にすっ飛んだ。


 ──死んだ。では次は──


「ウルールの無事を確認!」


 四肢と頭が無くなった胴体をひっくり返し、丈夫に作られた大事な弦楽器を背負ったミトは砂嵐の影に紛れて消えた鮫を探すために手廂てひさしを作って辺りを見回した。


 当然、自然の作り出すカモフラージュに紛れる地元民を見つけることは叶わず、直接攻撃は無理だと判断したミトは手始めに一つ目の呪術を発動させる。


「『頭憑』」


 すると、少し遠くで砂が弾ける音があって、『頭憑』に確かな手応えがあった。恐らく口に入れた直後だったようで、膨張したミトの頭に両顎を破壊され、無惨にも噛み砕かれたらしかった。


「次、『四肢舞』」


 別の呪術を放つと、視線の少し奥に呪術の影が見えた。


 『四肢舞』は敵に亡くされた四肢を犠牲に発動させる呪術で、腕なら相手の体の重要部位周辺に腕を生やし握りつぶらせ、足なら相手の足を腐らせるというだけの効果だ。


 正直あまり強い効果を持つ呪術ではないが、呪術が発動すれば、発動者は近くならば場所をある程度感知できるし、なにより泳いで鎖を繋げることしか脳のないサジンサメ如きに対抗手段などある訳もなく、


「──ッッ」


 直後、二頭のサジンサメが砂から飛び上がり、ジタバタと暴れながら体にまとわりつく大量の腕に、失いたくない部位を握りつぶされていた。


 その情けない様子を見て、ミトは一人で笑い転げる。腕が集結する場所が面白かったのだ。


「ぶっはは!!鮫にも息子あるんだー!!」


 尊厳を破壊された魔獣を指差して笑ったミト。その脳天にフックが突き刺さった。


「んもー、せっかく面白くて笑ってたのにさー」


 一瞬で死んだミトが死体からウルールを受け継ぎ、残った二匹のサジンサメの尾びれを睨みつけた。


 サメには足がない。少なくともミトはそう捉えているからか、『四肢舞』の足は発動したものの、効果が全くなかったようだ。


「んんっ!!」


 気を抜くと体にフックをぶっ刺され、引きずり回されてしまう。今も右脇腹にフックが貫通して抜けない。


 痛みに顔を顰めて血を吐きながら、次のフックに左肩を貫かれ、逆方向へ引く力で体がビリビリと引きちぎれた。


「あーもう!面倒臭いなぁ!」


 体から離れていく下半身とちぎれていく内臓を見ながら、血反吐と怒号を吐き捨てるミト。今に死んで今度こそ反撃をしてやろうと考えたミトの脳内に、ふとした疑問が過ぎる。


 体が二分化されたとき、次のミトが湧くのはどちらの体の付近なのか。


「どぼぼっちびぃなんだろろろろごっごっ」


 どっちなんだろうと死にながら呟き、瞼を開閉して次の景色へと目を向けると、


「うわ、上半身だ」


 鎖に引かれて肉をすり減らしていく上半身のすぐ側に、ミトは湧いた。


「えいっ」


 ウルールと短剣を受け継ぎ、ミトは一息ついて遠ざかっていく自分の上半身を見届けた。


 顎に黒手袋を被った手を当てて「うーん……」と唸ってミトは首を傾げた。


「死んだら上半身付近に湧くなら、スポナーは心臓か頭かな?でもシュガーさんに殺されてる時は下半身側に湧いたこともあったような?」


 砂塵に運ばれてやってくる瘴気に不快感を刺激され、吐き気を思い出す。しかしよろけた足取りでふらふらと風に煽られようと、ミトはこの疑問の答えを探りたくなった。


「『頭憑』」


 少し遠くで砂が巻き上がり、少し大きな振動がして命の源流が遠のいていく。


 上半身を喰らった方を呪い殺して、下半身側のサジンサメだけを相手取る。やりたいのはそう、何度も死んで確かめたいことを実験する。


 下半身の気配に振り返ると、砂を泳ぐサジンサメが迫ってくる。もう下半身は食べきったようで、次の餌を求めて愚かにもミトへと一直線に泳いできた。


「時間はかかっちゃうけど、別にいいよね」


 短剣で右腕を肩から切り落とし、左足首は切り落として少し遠くへ投げ飛ばす。サジンサメが振り抜いてくるフックを頭に刺さるように調整して、実験開始だ。


「サメちゃん、僕を食べて?」


 長いフックが、ミトの頭蓋を突き破った。

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