ひいおじいちゃんだと思ってついて行ったら、顔の半分が骸骨だった、知らない人でした。
Gerolian
イントロ
第1話 知っている人だと思ってついて行ってはいけない
嫌な夢を見た。
大好きなひいおじいちゃんが、遠くへ行っちゃう夢。
「私ね、ひいおじいちゃんと同じ学校に入学するの!」
呼んでも、叫んでも戻ってきてくれない。
同じ高校に行けることを誰よりも曽祖父である松治郎に伝えたかった。
母や父より先に真っ先に。
怖かった。
寝たきりのひいおじいちゃんが、いつか本当に帰ってこなくなったらって。
いつも決まって夢の最後は、
トンネルみたいな渦の中に消えていくの。
「……今日こそ、ちゃんと言おう」
胸の奥がきゅっと痛んだまま、百合は夏休みを迎えようとしていた。
放課後、蝉の声が落ち着き始めた教室で、百合は友達の楓<かえで>と薫<かおる>と夏休みの計画を立てていた。
「ねぇ、あの事件どう思う?」
楓がニヤッと笑う。
「アンタまたあの “トンネル事件” のこと?……」
薫がメガネを押さえて震える声で返した。
“ トンネル事件 ”。
深夜、車を運転していた男性が、道路に突然現れた「何か」と衝突し、片脚を失った事故。
なのに車にはねられたはずの“ 被害者 ”はどこにも見つからなかった。
血も一滴も流れていなかった——それが噂を怪談に変えた。
「百合はどう思うのよ」
薫が問うと、百合は肩を竦めた。
「幽霊とか、怖いと思ったことないなぁ」
この歳になるまでずっと、そういうものに対する恐怖を抱いたことがない。
以前、友達とお化け屋敷に行った時も、驚きもせず、出口へ着く頃には、みんな百合の腕や脚に絡みついて離れなかったものだ。
きっとこんな奴、脅かしたところで楽しくもないと、向こうから呆れられるだろうから。
「小さい頃、夜トイレ行くのとかも?」
「気づいたら朝だったし」
「……あんたって平和だよね」
そんな他愛もない会話の中で、楓がふと思いついたように言う。
「じゃあさ、トンネルのこと、自由研究にしよ! 百合、ちょっと見に行ってきてよ!」
「えぇ!」
「だって今日、用事あるんでしょ? おじいさんとこ」
「えぇ……わかったよ。でも霊感ないから期待しないでね」
押し付けられた百合は、その日の帰り道、松治郎の家に行くついでにトンネルに向かう。遠くから観察するために、カバンには、部活で使用しているカメラを忍ばせている。
霊などは、そういうのに映り込むだろうから、収めようとしていた。
夕日が沈みかけ、街の影が伸び始めたころ。
信号待ちの人混みの中で、ひとりだけぽつんと目立つ後ろ姿があった。
銀髪。
背筋の伸びた姿勢。
どこか懐かしい肩の形。
息が止まる。
——曽祖父に、似ている。
「……ひいおじいちゃん?」
心臓が跳ねた。
いや、そんなわけはない。今の彼は寝たきりで、ここにいるはずがない。
けれど、どうしても目が離せなかった。
信号が青になり、男は歩き出す。
百合も無意識に後を追っていた。
距離を縮めるたび、胸の音が速くなる。
似ている というより、夢で見た後ろ姿 そのままだったから。
やがて家の近くの分かれ道に差しかかった。
右へ行けばひいおじいちゃんの家。
左へ行けば、例のトンネル。
男は迷わず、——左へ曲がった。
「……なんで?」
男の行方が気になり、階段の途中の茂みに隠れ、動向を伺おうとカバンからカメラを取り出し、レンズを向ける。
レンズにトンネルと彼の姿を枠にとどめ、人差し指でチャンスを捕らえる。
その瞬間、風や、周囲の草木がざわざわと彼の足元に寄っていく。
まるで、彼を歓迎するように。
百合の背筋に冷たいものが走る。
男は振り返らず、まっすぐトンネルへ向かっていった。
百合は夢の最後を思い返した。
あのトンネルの渦に、体が消えていく彼の姿が目に浮かぶ。
だが今は、夢じゃない。
気付いたら、カメラを置いて百合は走っていた。
「待って!」
男の腕を掴んだ。
掴んだ瞬間、男がぴたりと動きを止めた。
ギロッと横目だけが百合を捉える。
その目は、百合の知る彼の姿ではなかった。
優しさのかけらもない、真っ黒な深い穴みたいだった。
「……ごめんなさい! 知ってる人かと思って!」
心臓がバクバクして、手の震えが止まらない。
男はゆっくり口を開いた。
声は低く、冷たかった。
「いいんだ。手を……ゆっくり離してくれますか」
全然違う。
やっぱり、やっぱりそうだよね。
百合は息をのみながら手を放そうとした。
その時。
「君、僕のこと……見えてるんだね。驚いたよ」
意味がわからなかった。
いや、目の前にいるじゃん。 “ 見えてる ”って何?
男が近づき、百合の顔をのぞき込む。
「僕の姿、怖くないの?」
その言葉が、何より怖かった。
ゆっくり顔を上げた百合は、——凍りついた。
暗がりの中、男のマスクの影でよく見えない。
けど、その奥で、白いものが見える。
普通の人間にないはずのものが見えた気がする。
喉が塞がれたように声が出ない。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ——
足が動かない。
周囲の闇が渦を巻き、地面から冷たい“ 手 ”のようなものが百合の動きを封じ込むように掴んでくる。
「ご、ごめんな、さい……!」
男は百合の前に屈み、静かに微笑んだ。
その笑みは、人のものではなかった。
伸びてくる指。
何かが、カチリ、と鳴る。
百合は確信した。
——ひいおじいちゃんだと思ってついて行ったら。
顔の半分が骸骨だった、知らない人でした。
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