第46話
生振上空から、左右が林に覆われた場所を見つけ、近くを走る自動車もなかったので、一気に急降下して着陸し【風防】と【風繭】を解除する。
『モモちゃんの【飛行】に慣れると長距離移動って何なんだろうと疑問が生まれるわ』
確かに、我の飛行能力の限界は極超音速(音速の5倍以上)の4倍で音速の20倍である。この数字は命懸けの限界ではないが、主の命を預かり飛ぶならばこれが限界だ。
現在この速度で以上で移動している人類はISS(国際宇宙ステーション)に滞在しているクルーぐらいだろう。
『確かに速いでしょうが、一惑星上の移動速度と考えれば十分でしょう。大雑把に計算して地球上の何処だろうが50分足らずで到着する事が出来る訳です』
『50分って、車で定山渓温泉行く時間で世界の裏側に行けるって事だよね』
定山渓温泉とは札幌の奥座敷と呼ばれる温泉郷。近いので一泊二日で泊まりに行ったりもしたが、特に何か温泉として特徴的な何かがあるかと言われたら……個人的には微妙。
良くあるナトリウム塩化物泉で、二十五以上のホテルや宿があり、五十六もの源泉があるが泉質は全部ナトリウム塩化物泉である。湯冷めしづらいのは冬にはいいが、それ以外の季節では何時までも汗が引かず、特に夏は入浴する前よりも汗でベタベタになるので、ゆっくり長湯をするのが好きな我には致命的な欠陥であまり好きではない。
正直、温泉を楽しむというか、自然の中でアクティビティを楽しむ場所だと思う。
世界の裏側と定山渓温泉は横に置いて【イベントリ】から路上へN-BOXを出す。
『さあ、車に乗って下さい』
そう告げると、寒かったのだろう、我が言い切る前に乗車していた。
『出発!』
素早く乗り込んだ主の号令と共に走り出すN-BOX。
『二つ目の交差点で国道337号へ右折で合流になります。雪で視界が悪く信号が無い交差点なので慎重にお願いします』
『モモちゃん。自分が一番信用出来ないから出るタイミングをお願い』
『主ぃ~』
確かに視界が悪いから仕方がないとも言えなくないが、これを乗り越えないと運転手としての向上はない。
しっかりと左側から来る車両を確認し、何処までが見えていて何処から見えないのかを把握し、その境界の直ぐ向こうから車が走って来ていた場合に、こちらが右折して追突されるかされないかの判断は自分で見つけるしかない……だからこそ慎重にして欲しい。
まあ、我も運転免許を取ったばかりの頃に、その境界線の向こうから100km/hを軽くオーバーする速度で突っ込んでくる馬鹿が居た。
十分にマージンを取ったつもりだったが、誰が視界不良の中をそんな速度で走っている馬鹿が居ると思うだろうか? 初心者ドライバーだった我は思った。まあ半年もしない内に公道には頭のおかしな馬鹿が沢山いて、何で免許与えたの? と日本の自動車運転免許制度に不信を抱く立派なドライバーになったが、その瞬間は死ぬと思うと同時に死んでたまるか思った。こんな馬鹿のせいで死ぬなんて絶対に嫌だと!
『良いですか主、良く左側を見て下さい。車か来てると見えた場所、そこが貴女にとって確認出来る距離です。こちらが右折して出る時に、そこから車が現れても衝突されずに安全に右折し加速出来る距離だと思いますか?』
『……うん、大丈夫だと思う』
『それでは、自分のタイミングで素早く右折しましょう』
『何時かまた変装が必要になるのかもしれないので、この先のドン・キホーテに入り、シークレットスニーカー履き替えて、それからトイレで、いつもの服に着替えて下さい』
『また必要になるかもしれないの?』
『無いとは思いたいですが、絶対に無いとは言えません、変装が必要な時に今回の様に上手く用意出来るとは限りません。そして、この手の服装は主も余り好みではないと思うので普段使いはせずに、変装が必要な時だけ使えば良いかと』
『了解だよ』
着替えを終えて東警察署に向かう。
『少し早く着きそうですね』
『嫌な事は早く済ませておきたいし、少し早いくらいで良いよね』
『それで文句を言って来たら、頼んで来て貰っておいて図々しいと言ってやりましょう』
もっとも時間を指定したのは、こちらなんですけどね。多少の嫌がらせは良いのではないだろうか……主への無礼を我はまだこれっぽっちも許してなどいないから。
二十分ほど早く札幌東警察署に到着するも来訪者用の駐車スペースが無かったので、少し離れた場所にあるコインパーキングに停めて歩いて引き返したので、何だかんだで良い時間になっていた……嫌がらせはまた今度だな。
「五本木という警察官と十時から話し──」
五本木という警察官という言い方に主の本音が出ている。
「五本木さんですね。聞いています。玄関から入ってすぐに受付があるので、そこで呼び出してもらえますよ」
知っているからそれ以上は必要ないとばかりに遮って話を切り出す。丁寧だが愛想はない。警察っていうのはこんな感じだ。
受付で五本木の名前を出すと「少々お待ちください」と内線で五本木を呼びだしてくれた。
「すまんな会議室が開いて無くて。こっちに来てくれ」
現れた五本木はそういうと、素早く踵を返して歩いて行く。
「取調室?」
「ああ別に、取り調べをする訳じゃない」
『入りましょう。むしろ密室なら、それはそれでこちらにもやりようはあります』
正直に言えばチャンスですらある。
取調室に入ると、すぐに【縮小】で全長を二十分の一にし、主のポケットから出て部屋中を調べる。
ちなみに二十分の一は、縮小率最大ではない。
取調室といっても、普通の警察署なので取調室の横にマジックミラーを挟んだ監視用の部屋がある訳でもなかった。
『主、この部屋を監視している警官も機械も存在しません』
『ありがとうモモちゃん』
「高坂さん。貴女に煽り運転をしていたのは、元は同じ大学の同じ学科の学生達でした」
「知ってます。駐車場から出る時に全員ではないですけど、トールワゴンの運転席と助手席の人の顔は確認していますから」
堂々とした受け答えだが、主は我が魔道具で伝えた内容を繰り返しているだけだ。
我が伝えた事を正確に口にするのが精一杯で、ほぼ心を無にしている。
「貴女が狙われた理由は?」
「彼等が大学から除籍処分を受けるまで、嫌がらせを受けていました。今回の煽り運転も、彼等にとっては嫌がらせの延長なのでは?」
「彼等が除籍処分となった理由は?」
「講義中の悪戯による妨害がその理由の一つだと」
「講義中の悪戯? 今時の大学はそんな事が許されると勘違いする空気があるのか? 」
「詳しくは知りませんが、彼等は自分達の悪戯を私がした事にしようとしたみたいです。そして彼等の中の一人がその時の様子を動画で配信し、その中で大学の名前が出ていたらしく、大学側が厳しい処分を行ったと、当時は学内でも話題になっていました」
「貴女はその動画は?」
「見ていません。噂話をしているのを聞いたくらいです」
「……なるほど」
「私が知る事は全て話しました。今度は貴男が知っている事を話す約束ですが?」
「分かった。俺の知る事は話そう」
つまり、洗いざらし全てを話すという事ではなく、こちらの質問に知る限りの事を話すという意味だ。それならそれでやりようがる。
「それでは、彼等がどうして私が契約している駐車場を調べてまで嫌がらせをしたのか教えてください。知らない訳はないですよね。単に煽り運転程度では怠慢な警察が動かないのは常識ですし。そもそも刑事がこちらに電話を掛けて来る訳が無いんだから。彼等の目的は煽り運転では無かったんだすよね?」
この様に予め言質を取り、相手の逃げ道を塞いだ上で、吐いた唾は飲まんでおけよとばかりに追い込む。
これが魔王四天王筆頭のやり口なのです……今にして思うと、本当に酷い職場だった。それに比べたら主のペットは最高だぜ!
「…………」
「どうしました、俺の知る事は話そうと言ってのに、突然、記憶喪失にでもなりましたか?」
見た目は普通に中学生な主に煽られるのは辛かろう。横暴な態度が許されていた職場環境に慣れ切っていた自分が全否定されている状況は辛かろう。
今我は、それがとても快いぞ。
「まだダンマリですか? これではまるで貴男は嘘を吐いて私を警察署に来させて、取調室に閉じ込めたという事になりますよ」
追い込まれた五本木君は、真っ赤になった顔を強張らせて、汗を顎の先から滴らせている。
「別に全て話さなくても良いんですよ。話せる限りで……元々貴男にそこまで期待なんてしてませんから、どうせ口先だけ達者なんでしょう?」
「ぜ、ぜ、全部言ってやんよ! 舐めるな小娘!!!」
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